* エミール・ギレリス *

 

     
   1916年10月19日にオデッサで音楽家の家庭に生まれた。6歳の時からヤコブ・トカチについてピアノを始め、13歳で「悲愴」を含むプログラムでデビューを果たした。14歳から18歳までオデッサ音楽院でベルタ・ラインバルトに学んだ。17歳の時にモスクワの第1回ソビエト演奏家コンクールでリストのフィガロ幻想曲でセンセーショナルな優勝を飾り、20歳でウィーン国際コンクールで二位となった。1935年から二年間、モスクワ音楽院でネイガウス教授に師事した。22歳でブラッセルのエリーザベト王妃コンクールで優勝し、1948年にパリ音楽祭で欧州デビュー、1955年にアメリカデビュー。36歳でモスクワのコンセルバトワールの教授に任命された。1962年にレーニン賞を受賞。1957年、1972年に来日。  
  1985年の9月にOp109,110等を録音したが、Op111を録音することなく、10月14日に69歳でモスクワで亡くなった。  
     
   ホロヴィッツが、磨き上げたピアニシモとフォルティッシモで魅せた芸術家なら、ギレリスは休止符の雄弁な沈黙とフォルテの多彩な和音のアタックで釘付けにする音楽家。とりわけ、初期のソナタ群の緩徐楽章では魔術的とも言える豊かな世界が築かれる演奏となる。高音域の繊細で清浄な響きの中に、それら両極端をちりばめた世界。ハンマークラヴィアでその絶頂を極める。全体的に、誠実さが感じられるしっとりとした詠いこみをベースに、要所要所できっちり締める。「熱情」のコーダの息詰まる高揚は、作為ではなく、まさにベートーヴェンが要求した表現そのものと言った感がある。               
     
   しかし彼の真骨頂はOp10-3のラルゴではなかろうか。新派大悲劇と言われようが、この深遠な表現に浸っていると、ベートーヴェンはこの曲をギレリスのために創っておいたのではないかとまで思ってしまう。強靭な高音のフォルテも厚みのあるバスもギレリスの持ち味がぴったり決まった音楽である。    
  【CD】

    20世紀の偉大なピアニスト    PHILIPS   456 793-2

    ベートーヴェン・ピアノソナタ集 D.Grammophon 453 221-1