第十話


どのくらい眠ったのか・・・いや、この場合、気を失っていたと言うのが
正しい。とにかく再び気が付いたリンは、今だボーとする頭を抱えなが
らどうにか寝ていた客室からよろよろと外に出て見ると、油屋は物凄い
事になっていた。下級神中級神、上級神は、財布の紐を全開にして、
客も従業員も入り乱れての大宴会と成っていたからである。余りの物
凄さに指し物のリンも呆然と立ち尽くした。 
酒の肴は、勿論リンのこと。当然と言えば当然である。リンとイズナの
力の差は天と地か、もしくはそれ以上有るのにもかかわらず仕留め
たのだから・・・物見高くて、お祭り好きで宴好きの神々がほっとく訳が
無い。
 リンは、これはヤバイとココから立ち去る事に決めた。今、見つかった
ら強引に宴に参加させられる事になるだろう。酒の肴の張本人が居な
い宴など盛り上がりに欠ける訳だから、(今でも十分盛り上がっている
が・・・)そうしたら、間違い無く強引に酒を薦められる事になる事間違
い無し。宴に加わりたいの本心だが、今の体調で酒を飲むのは幾らな
んでも不味い。下手すれば大霊界行きの特急に乗ることになると、逃
げ出そうとしたが捕まってしまった。そして、リンの武勇伝(?)をしきり
に聞きたがった。戦の神や武器の神は、特にしつこかった。勿論、酒な
どを薦めながら・・・
 リンは、本気で困っていた。薦められる酒は無論こと、あのときの事
をまぐれですとか、無我夢中で良く覚えて無いとか、幾ら言っても納得
してくれそうに無い。そうこしていると、周りに大勢集まってきて、「綾香
殿のお気に入りだとは聞いておったが・・・やはり駄々物ではなかった
か。」とか、「リン殿、何処で剣術を学んだのですか?」などかってな事
を言い出して来る始末・・・リンは、冗談抜きで気分が悪くなって来てい
た。色んな意味で・・・
「皆の衆、お楽しみの所申し訳無いが、リンは病み上がりのゆえ余り体
調が優れぬので、そこらへんで勘弁してやってはくれぬか。」
綾香がそう言いながらやって来た。傍らにはハクが複雑な顔で立って
いた。
「ハク殿、リンを部屋に送って行ってやっておくれ。リンお前の分は、残
しておくでな。安心して休んでおれ。」
 リンは、綾香や客に頭を下げると宴の場をハクと一緒に後にした。

「リン、どう言えば良いのか解らないが・・・とにかく、千尋を助けてくれ
て本当にありがとう。感謝してもしきれないほどだ・・・」
部屋に戻る途中でハクはリンに礼をのべた。
「いや、ただ無我夢中でやったこだからな・・・」
 リンは、返答に困ってもごもごと言い返した。なにせ、ハクに礼を述べ
られることなど今まで無かったので、どう反応して良いのか解らないの
だ。
「リン、体の方は大丈夫か?かなりの出血量だったのだが・・・」
「ん〜 余り良くないよ。まだ、頭がボーとしてるし・・・て、珍しいなぁ
お前が千尋以外の奴を心配するなんてねぇ、 こりゃぁ明日は雨・・・い
や、嵐が来るかもな。」
と、リンは言うと、ケケケと笑った。
何処までも減らず口の減らない奴だと、ハクは思ったが口にはしない。
「じゃぁ、オレもう少し寝てるわ。気分が悪いんでね。」
そう言うとリンは、部屋に入って布団に潜り込んだ。ハクは、それを見
届けると其拠を後にした。

 リンが布団に潜り込んで寝入り始めた頃、突然襖が開けられてフナ
や千尋、同僚の湯女達がどやどやと入ってきた。当然、目が覚めるリ
ン。
「リ〜ン、大丈夫〜、起きなよ〜。」
あからさまに、いやそーな顔で起きあがるとリンは、
「・・・お前ら・・・今、オレはすっごく気分が悪いんだから、ちょっと外に
出てくないか?」
と、凄んで見たが、全員少しも動じてなかった。で、気が付いた。全員
酔っていたのである。勿論、千尋まで!!
「お、おい!!お前らセンにまで酒を飲ましたのかよ!!」
「ちがうよ〜、お客様に飲め――て、薦められちゃって〜 それよりリン
さん悲惨だね〜、こんな美味しいお酒や料理食べられないなんて〜」
千尋は、何が可笑しいのかケラケラと笑いながら答えた。
「こんな美味しいお酒って・・・おい!!千尋!!」
リンは、青白くなっている顔をさらに白くして叫んだ。
「すまぬ。一応、止めたのだが・・・」
後を追ってきたハクが頭を抱えてやって来た。
「どーすんだよ!!これ!!」
と、リンは声を張り上げるが、ハクは溜息を返すのみ・・・、それを見て
いたフナは、
「リ〜ン、あんたこれから大変だよ〜この様子じゃさ〜」
と、話しかけてきた。今だって十分大変だ!!と、怒るリンに対してフ
ナは、首を振ると、
「そうじゃなくて〜噂の事だよ〜」
「・・・噂が何だってんだい。」
「あんた、あの鬼畜やろうに勝ったんだからね〜。つまり、何かと言うと
・・・、あの油屋で働くリンと言う娘は、じつは剣の達人だったとか!!」
「油屋の影の実力者とか!!」
「油屋の暗殺者とか!!」
「綾香様の公儀御密だったとか!!こんな噂が立つて言ってんのよ。
もう立ってるけどね〜、人の口には、戸は立てられないからね〜」
口々にかってな事を言い出す同僚達を見て、リンは血の気が引くのを
感じた。そうだった!!神々は、物見高く祭り好きの宴好きだけではな
い。噂好きでも有るのだ!!リンはどうしょうと頭を抱えていると、そこ
にリンの様子を見に来た綾香がやって来て、
「何やら面白い意話をしとるようじゃの。ふむ、妾てしは公儀隠密と言う
のが面白そうで良いのだが・・・・」
「そんなぁ〜、綾香様まで・・・、冗談はよしてくださいよ〜」
情けない声を上げるリンを見て湯女達は笑い転げる。中には、笑いす
ぎてヒーヒーと、呼吸困難を起こし始めているものまで居る。
「リンさ〜ん、そのうちお手合わせを願い出るお客さんが来るかもしれ
ないけど〜人の噂も七十五日て言うし〜大丈夫だって〜リンさんなら
〜」
頭を抱えているリンに、千尋はとどめの一撃を言い放つ。
「冗談じゃねぇよぉ!!勘弁してくれーーーーーーー!!」
リンの悲鳴が油屋に響き渡った・・・・



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