第十一話


 帳簿の処理をやっとの思いで終えたハクは、大きく溜息をついた。終
業時間を迎えてからかなりの時間が経っていた。余り睡眠時間は取れ
ないようだ。もう一度溜息を付くと帳簿を見直して見る。綾香様の長期
滞在と今回の大宴会で、かなりの黒字に成りそうだった。先月は、赤
字だったので油屋の主、湯婆婆も機嫌が良くなるだろう。そのスキをつ
いて、従業員の待遇改善を言ってみようと思うハクであった。
 それにしても・・・今回の事は色々と、納得の行かない事ばかりだっ
た。千尋を知ら無い間に囮して使われた事が、一番納得いかなかった
が他にもある。
 それは、リンことだった。リンがイズナにと言う者に攻撃を受けて大怪
我をした訳だが、その怪我はイズナの火炎攻撃による物ではない。吹
き飛ばされて店の戸に突っ込んで、ガラスか何かで切ったものだ。リン
は、火傷一つ負っていない。リンと千尋を逃がそうとした綾香様の護衛
の二人は、黒焦げのバラバラに成ったと言うのにだ。
それに、千尋の話しによればイズナは、リンを見て、力を封印されてと
かなんとか言っていたそうだがそれと何か関係あるのだろうか・・・
 湯婆婆は、相手の名前を奪って支配すると言う力を持っている。かつ
て、自分も真名を奪われて支配され、望まぬ悪事の片棒を担がされて
きた訳だが、その間、一部の力が封印されてまったく使えなくなってい
た。それも、真名を取り戻した途端、使える用に成った訳だが・・・ 
 するとリンも?あり得る話しだ。真名を奪われた事によって力を封印
されて使えなくなっているだけで、ひょっとするとその力は、自分よりも
大きいのかもしれない。リンは、目標金額まで金が溜まったら、ここを
辞めていくと言う。そう言う契約なんだそうだ。そのときリンは真名を取
り戻す訳だが、そのときリンは、どんな行動を取るのだろうか?厄介な
事に成らなければ良いのだが・・・
 其処まで考えてハクは、突然我に返った。馬鹿なことをと、自己嫌悪
になる。リンに限ってそん事がある訳が無い。リンは、口が悪くて乱暴
なとこもあるが、気風が良く面倒見も良い。だから六年前、千尋がここ
に来た時だって千尋の事をリンに任せたのだ。リンが居なかったら誰
に任せただろうか?リンが居なかったら千尋は、どうなっていただろう
か?
 ハクは、気を取りなおすと布団をひきはじめる。疲れているのだ。疲
れているから馬鹿なことを考えてしまうのだ。とにかく寝よう。おそらく、
この分では明日も大宴会の可能性が高い。疲れることになりそうだと、
溜息を付いた。それと、明後日、綾香様がお帰りに成るとの事。そのお
見送りの事も考えておかねば。
そんな事を考えながら、ハクは布団に潜り込んだ・・・

 二日後、予定どうり綾香達は油屋を後にする事となった。油屋の大燈
篭のところには、綾香御一行と、お見送りとして、ハク、リン、千尋が居
た。ちなみに、まだ営業の時間では無い
「もう少しごゆっくりしていけば宜しいのに・・・」
と千尋は言う。
「そうもいかん。長への報告もあるし、イズナが起こした不祥事の後始
末など色々あるのでな。それより、油屋の皆には、多大な迷惑をかけ
た。特にセン殿には、怖い思いをさせてすまなんだ。」
 千尋は返答に困って、はぁと、言うのが精一杯だった。綾香はリンの
方に向くと、
「リン、今回は見事じゃた。どうじゃ、ここを辞めることに成ったら、妾の
所にこぬか?おぬしなら、鍛えれば相当な腕になるぞ。」
「勘弁して下さいよ〜。あれは、まぐれなんですってば!!それに、オ
レには、そんな才能なんか有りませんよ!!」
リンは、慌ててそう言った。
「残念じゃな。まぁ良い。それより、事が終わったら又、来る出な。その
ときは、又、相手をしておくれ。」
そう言うと、綾香達は帰っていった。

 突然、日が沈み出して夕暮れになる。降魔々刻がやって来たのだ。
急速に暗くなって来て、町に油屋にも灯ともり出し、町には黒い影があ
らわれた。油屋が営業を迎える時間だ。
「ハク様よぉ〜、オレ、まだ本調子じゃないからキツイ仕事ナシな。」
「・・・何日も休んだのにか?」
そうだよと、答えるリンにハクは溜息を付いた。
 店の方が騒がしくなってきた。今日も忙しくなりそうだと考えながら店
の方へと、歩き出す。ふと、振りかえると千尋が凝り固まって、こちらを
見つめている・・・ 
「千尋、どうした。早く戻らないと、上役達の小言を聞く事に成るよ。」
ハクが、声を掛けると我に返ったようにこちらに走ってきた。
「ううん。何でも無いの。ちょと考え事をしていただけ。」
「セ〜ン、頼むからシッカリてくれよなぁ〜」
リンは、ブツブツと文句を垂れながら店に入っていった。ハク、千尋もそ
れに続く。千尋は、少し混乱していた。
(今のは一体なんだったんだろう。一瞬だけど、リンさんの影が九本の
尾持った狐のように見えたんだけど・・・ うーん、気のせいよね。うん、
気のせい、気のせい。何かの影と重なってそう見えただけだよ。たぶ
ん・・・)
千尋はそう思うと、掃除道具を抱えて、湯殿に向かっていった・・・



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