第六話


 それから三日ほど経ったが何事も無く時間だけが過ぎていった。その為
綾香達は、イズナはあの爆発で巻きこまれて死んだんだろう、と思うように
なっていた。
 リンは、釜爺の薬のおかげか、リン本人の体力のせいか、この頃には歩
く事が出きるまで回復していた。だが無理は出来ないのでいまだ部屋から
出ては居なかったが。リンは、やる事が無いので暇つぶしにハクから借り
てきた本を読んでいた所、フナが鍋を抱えて入ってきた。
「リーン、ご飯だよー」
「また、雑炊じゃねぇだろうな・・・」
「喜べ!!今回は勿論、雑炊だよ!!ただし今度は、卵付だけどね。」
「もうチョット良いもん食わしてくんねえかなぁ、毎回、雑炊じゃぁ治るもんも
直ねぇよ」
 リンは、ゲンナリした顔で訴えた。
「何、贅沢言ってのさ、こんな広々とした個室使わしてもらって、布団も何時
もの煎餅布団じゃなくてフカフカの客用の奴を使わしてもらってさー、羨まし
いて言ったらありゃしない。しかし何だね、湯婆婆様も意外と良いとこある
んだねー、やっぱり責任感じてのことかねー」
「バーカ、そんなんじゃねえよ、大部屋じゃ騒がしくて治りが遅くなるから、
個室で治療に専念してもらおうて魂胆なわけさ。つまり、トットト傷を治して
仕事に復帰しろって訳さ。あっ、ひょっとしたらここの部屋代、綾香様が出し
てるかもしれないな」
「・・・その捻くれた考え方何とかならないの。」
「なんねぇな、」
そう言うと、リンは受け取った雑炊を食べ出した。

 翌日、千尋何時もより早起きして、下の飲食街へと出かけて行った。リン
の食事は、今のところ雑炊がメイン、これではあの大食らいのリンが満足
するはずも無いし、第一アレでは栄養が取れない。千尋はリンに精が付く
物を買って食べてもらおうと思って出かけた訳だ。リンの大怪我の責任の
一端は、自分にも有ると思ったからである。生真面目な千尋であった。
 千尋は、開いている店で、鶏肉や、牛肉を使った料理を三つ四つ買うと油
屋へと急いだ。
油屋の大灯篭が見える所まで来たとき、千尋は突然誰かに後ろから抱き
すくめられた。突然の事に食べ物を入れた包みを取り落とした。悲鳴を上げ
ようとしたが、口を塞がれて声が出せなかった。
「はーははははは!!飛んで火に居る夏の虫とはおぬしの事だ。手間省け
て大助かりと言う物よ!!綾香、あの阿婆擦れめ、このイズナが簡単にく
たばると思うてか!!どいつもこいつも、愚か者よのう。ひーひひひひひひ
ひひひひひ。」
 千尋は、逃れようと身を捩ったとき、イズナの姿を見て声にならない悲鳴
を上げた。イズナの着物はボロボロに焼け焦げ、体全身が焼け爛れ皮下組
織が剥き出しになっているところや、筋肉や骨まで見えている所があった
からだ。それは、もはや悪夢としての存在以外の何者でもなかった。
「いくらもがいても誰も助けにこぬわ。わしが術を完成させたら、あやつら全
員なぶりごろ死にしてくれるわ!!そうだぁーこのまま術を完成させるのも
面白くない。あ奴らの目の前で術を完成させてやろう。己らの無力さを思い
知るが良いわ!!」
イズナは、そう言うと火炎を油屋めがけて放った。火炎は、油屋の結界に
当って大音響とともに炸裂した。そして、耳障りな狂気笑いを続けた。
(く、狂ってる!こいつ狂ってる!、助けて誰か助けて、ハク、リンさん、お
ばあちゃん助けて!!)
 千尋は、イズナの手から逃れようと必死にもがきながら、声にならない悲
鳴を上げ続けた。

 爆発音に驚いて油屋の従業員はおろか、宿泊している客達まで飛び起き
た。湯婆婆、ハクは、何事かと窓の外を見て真っ青になった。
「あやつめ!!まだ生きていたのか!!」
音に驚いて外を見た綾香も、驚いて叫んだ。
 ハクは、水干を着るのもそこそこに、血相を変えて部屋を飛び出すと、吹
き抜けを飛び降りた。湯婆婆も綾香もそれに続く。
店を飛び出した三人は、階段を駆け下ろうとしところ突然、強力な結界を張
られた。
「しまった!!罠か!!」
よりにもよって三人とも結界に捕まったのである。
「ぎゃははははははは!!この大馬鹿者どもが!!そんな単純な罠に引
っかかるとわなぁ!!愚か者とはおぬしらの事だ!!ヒャアハハハハハハ
ハハハハハハハハハハハ!!そこで術が完成するのを指をくわえてみて
るが良いわ!!」
イズナは、狂気笑いを続けながらそう喚いた。
 綾香は焦った。この程度の結界を破るのは容易いが、その時に放出され
る神気によってハクや湯婆婆に被害が及んでしまう。良くて重傷、悪けれ
ばあの世行き・・・となれば時間がかかるが結界を無力化するしかない。綾
香は、印を結ぶと呪文を唱え出した。
「ほう、結界を消そうと言う訳か。術が完成するのとどっちが早いかな?」
イズナは、そう言うと呪文を唱え出した。
 ハクの怒りは棲様しかった。怒りの余り髪の毛は逆立ち、奥歯を噛み砕かんばかにくい縛り、爪が手の平に食い込んで血が出るほど強く握り締め
ていた。湯婆婆は、そんなハクに小声で話し掛けた。
「ハク、良く聞きな。綾香様が結界を消滅させると同時にあんたをあの野郎
の傍に瞬間移動さしてやる。その後は、あんた次第だ。わかったかい。」
 ハクは、怒りで強張った声で、辛うじて「わかりました」と、一言だけ答え
た。

その頃リンは、裏路地を走っていた。一体どうやってここまで来たのか良く
覚えていない。あの爆発音で飛び起きた後、窓の外を見て驚いた。千尋が
イズナに捕まって、連れられて行くのを見たとたん、「こうしてはいられねぇ
!!」と部屋を飛び出した。手に太刀を持っているところを見ると、綾香の
護衛達の部屋に忍び込んでいったようだ。
 普通に歩く分にはたいした事は無いのだが、走るとなるとまったくの別。
一歩ごとに腹部の傷に響いて痛みが酷くなっていく。今は焼き鏝を押し付
けられた様に痛んだ。
 リンは、自分は馬鹿な事をしている思っていた。何の力の無い自分が出
ていった所で一体何ができる?太刀で切りかかっていたところで、返り討
ちに会うのがオチ。そんな事は解りきっている筈なのに・・・。馬鹿だ。救い
ようの無い大馬鹿野郎だ!オレは!!
ただ嫌なのだ。千尋とハクが不幸になるのが、心底思う、幸せになって欲
しいと、それが自分の願いだから・・・それを邪魔する奴は、誰であろうと許
しはしない!!
リンは、ここら辺で良いかと立ち止まって、大通りをうかがった。うまい具合
に、イズナの左斜め後ら辺に自分は居た。そして、例の禁術が完成寸前だ
とゆう事も解った。 リンは、太刀を引き抜いて構えた。傷の痛みはいよい
よ酷くなり絶えがたい物であった、おまけに(傷が開いたら命を落とす事に
なるぞ)釜爺の言葉が思い出されてしまったが、それを無理やり頭の隅に
追いやると、リンは次の瞬間、一陣の疾風と化した。



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