第五話


 ハクは、番台のところで蛙男達に指示を出していたところ、爆発音が
外から響てきたので、蛙男達に湯婆婆様を呼ぶように告げると、店の
外へと飛び出した。そこで彼が見たのは、白い八本の尻尾を生やした
黒ずくめの男と、こちらに向かって走ってくる千尋と、爆風によって吹き
飛ばされ近くの店に叩きつけられるリンの姿だった。
 ハクは、黒ずくめの男が敵だと判断するやいなや千尋を庇うべく風の
刃を五発立て続けに放った。流石のイズナ突然の攻撃には、一瞬ひる
んだ。その間に、ハクの元にたどり着いた千尋は、半ば叫ぶように言っ

「ハ、ハク、リッ、リンさんがリンさんが・・・」
「千尋、リンのことは、心配しなくても大丈夫だ。あやつは、殺しても死
ぬような奴では無い。それよりも早く安全な所へお逃げ。」
本人が聞いたら怒り出すようなことをハクは、サラリと言ってのけた。
「う、うん、解かった。」
そう言うと、千尋は店のほうへと駆け出した。

ハクは、千尋が店のほうへと走っていくのを見届けると、ハクはイズナ
と対峙した。ハクは、自分はおそらく勝てないだろうと思っていた。相手
は、強烈な瘴気を放っているとはいえ八本の尻尾を持つ白狐、力の差
は天と地ほどもある。だからと言って逃げる訳には行かない。第一、自
分よりも力の無いリンが千尋を逃がすべくあの男立ち向かっていたの
だから、ここで逃げてしまたら、リンに合わせる顔が無くなってしまう。
 「ふん、誰かと思えばより所を失った中途半端のろくでなしか・・・、こ
のわしに勝てると思うてか、そこをどけ!!素直にあの小娘を渡せば
命だけは、助けてやる!!」
「ちひ・・・いや、センをどうするつもりかは解りませんが、渡すわけには
参りません。それに、刺し違える覚悟はできています。」
そう言うとハクは身構えた。
「ハク殿、刺し違える覚悟をしたところすまぬが、これは我ら一族の問
題ゆえここは、引いては下さらんか?」
突然後ろから話し掛けられ驚いて振り返るとそこには、白い着物に紺
色の袴(剣道の道着すがた。)に金鉢巻、手には長刀を持っている綾
香の姿があった。それを見ハクの顔が少しだけ渋くなる、そりゃそうだ
ろう。愛しい人を守るため刺し違える覚悟をしたところを邪魔されたの
だから、これではこっちの立場が無くなってしまうでわないか、その気
持ちを察したのか綾香は、
「そちの気持ちは、解らんでもないがコテンパンにやられたところに登
場すると言うのは、余りにもお約束過ぎるし、大怪我をされてもつまらぬしの。」
確かに正論なんだけどコトテパンだけは余計だろうと、思うハクであっ
たが、口にはしない。賢明な判断といえよう。綾香は、ハクに微笑みか
けてからイズナの方に向くと睨み付け軽蔑しきったそして、怒りのこも
った口調で、「いやはやとことん見下げたやつじゃ、権力や力欲しさに
謀反を起こすわ、禁術に手を出すわ、とどめに禁術を成功させるために
人間の娘を利用しようとするわ、呆れかえることこの上もなし、この一
族の恥さらしめ!!妾の手で成敗してくれる!!そこを動くな!!」
そう言うと綾香は、長刀をかまえた。イズナは、ええい、もう少しのとこ
ろを!!そう言うと、懐から人形の束を出すと何やら呪文を唱えて周り
にばら撒いた。
すると人形は落武者の姿になった。その数、百数十体!!イズナは、
そうすると空を飛んで逃げ出した。
「戦わずに逃げ出すとは、なんとゆう恥知らず!!ええい!!鬱陶しい
式神め!!」綾香は、そう叫ぶと長刀を一閃させて風の刃を放つ、する
と二十数体纏めてバラバラに切り刻まれる。百体以上の式神を作り出
すイズナもそうだが綾香も棲ざましい力である。改めて格の違いを認識
するハクであった。
 たったの五回、風の刃を放っただけで式神を消滅させると、ハクに向
き直ると、
「ハク殿、我が一族の者が迷惑をかけた。この事は、後で説明するゆ
えリンの事を頼みまする。妾は、あの者を追うゆえ。」
そう言うと綾香は、飛び去っていった。それを見送るとハクは、慌てて
リンが叩きつけられた店の方へと走っていった。

 それから半日ほど経ってから、ハクや千尋、リン達は事のあらましを
綾香や湯婆婆から聞かされた。
 さて、今回の一件は、簡単に言えば権力争いによる謀反であるらし
い。イズナと言うこの男、頭よく一族に貢献してきたが如何せん野心が
強く、良くない噂も聞こえてくるので、警戒してた為に謀反の企ては失
敗に終わり、イズナは逃げていったが、色々調べてみると禁術に手を
出している事が解ってしまった。    
その禁術には、 若い人間の娘の心臓が必要 である。この世界でそ
の条件に当てはまるのは、油屋で働くセンとか言う小娘しか居ない、イ
ズナは、禁術を成功させる為に、必ず狙ってくる。禁術を成功させられ
たら大変なことになってしまうため油屋に先回りして罠を張って待ち構
える事と成ったわけだ。その罠と言うのは、油屋を中心とした直径、五
キロにも及ぶ結界を張り逃げられないようにして、不届き者を成敗しよ
うと言う物なんだそうだ。
 ちなみにこの事を知っているのは、油屋の中では、湯婆婆だけである。
センとリンをお使いに出したのは、イズナをおびき寄せる為の囮にする
ためだった訳である。
綾香とイズナの戦いは、戦いなどと呼べるものでは、無かった。イズナ
は、結界内を散々逃げ回り、あまりの往生際の悪さに激怒した綾香が
イズナめがけて火炎を手加減抜きで放ち草原に直径30メートルほどの
大穴を空けてしまったそうだ。その爆発に巻き込まれたイズナの生死
は、定かでは無いが、恐らく死んだであろうとの事。

「その顔だと、納得した訳じゃないようだな」
リンは、布団の中からハクにそう話し掛けた。リンは、八畳ほどの客室
に客用の布団に寝かされていた。大怪我をしたリンの為に湯婆婆が特
別に与えたのである。
リンの怪我は、思いのほか深かった。叩きつけられたときに、店のドア
のガラスか何かで左脇腹を大きく切っていたのである。出血量も相当
な物だったらしい。幸いにも内臓は無事だったが。今は、さらしを傷口
にきつめに巻かれ、釜爺が特別に調合した傷薬で出血は止まっている
が、ちょっと無理すると傷口が開いてしまうだろう。その時は、命が無
いものと思えとのこと
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ハクは、沈黙で答えた。それはそうだろう、自分の預かり知らぬところ
で愛しい人を囮にされたのだから、ハクは説明を受けてかなり経つの
だが、ずっと険しい顔をしていた。で、囮にされた本人は、
「そう言う事でしたら、何時でも協力しましたのに・・・」
などと、危険な目に会った自覚の無しの発言をし、綾香一同は、
「本当に良く出来た娘じゃ」
などと感心していたそうだ。
「ところでリン、禁術とは一体何なのだ。綾香様らは、リンに聞けと言っ
ておられたが・・・」
「ああ、その事かオレも詳しくは知らないんだけど禁術てのは、不死の
術の事だよもちろん正式な名称は、知らないけどね。で、この術をかけ
ると本来なら命にかかわるような大怪我をしてもままたたく間に治して
しまうようになるんだ。ただ、術がやたらと難しいんで、段階をごとに時
間を掛けてやるんだ。最終段階は、若い人間の娘の心臓を自分の心
臓を入れ替えることによって術は完成するんだよ。そこまで
行かなくてある程度は、効力があるんだけど」
「効力とは?」
「やっぱり、ちょっとやそっとじゃ死なねぇんだ。首を切り落とされたぐら
いじゃ死なないと思う。頭を完全に潰せば流石に駄目だけど・・・まぁ、
あの爆発に巻き込まれたんじゃぁ・・・多分くたばってんだろ。確認を取
れないのが残念だけど・・・」
「そうだと良いのだが・・・」
ハクは、そう言うと部屋を後にした。



            
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