第四話


 客足も途絶えてきて閉店時間になる頃、女部屋は笑いの渦に包まれていた。
「ふつーそんなとこでこけるかー」
「座敷に居た連中は何が起こったか分からなくて、全員十秒間くらい固まっ
ていたんだぞ!!、綾香様は、引きつった笑いを浮かべて面白い子やなぁ
と、言ってたけどこっちは、顔から火が出るほど恥ずかしかったんだからな
!!」
「だからーごめんなさいて言ってるじゃないですかー、リンさーん」
千尋は、必死に謝るが一向に許してくれる気配は無い。相当怒っている様
だった。
「セーン、リンはこの世界じゃ人間の子の面倒を見てるって事で、チョットし
たした有名人なんだよ。知らなかった?」
「エッ、そうだったんですかー、リンさん本当にごめんなさーい」
「喧しい!!それよりセンこけるときは、手ぐらい付きやがれ!!しまいに
ゃぁ鼻を潰すことになるぞ!!」
「大丈夫、センは、顔は打っても鼻は打たないから!!」
「ひどいよー、フナさーん」
部屋に居た女達は腹を抱えて、これでもかと言わんばかりに笑い転げた。
 
次ぎの日、リンと千尋は大湯の掃除をする為、完全武装で湯殿へ向かって
いたところハクに呼び止められた。
「リン、千尋、大湯は他の者がやる事に成ったので、お使いに行ってくれな
いか?薬湯の材料が、足りなくなってきたので、問屋のほうに取りに行っ
て欲しいのだが・・・」
「そりゃいいけど何でオレと千尋なんだ?第一それは、問屋の連中が持っ
てくるはずだろ?あ・・・ひょっとして、ハク様いけないなぁ、誰かさんの為に
職権を乱用しちぁさー」
「・・・職権を乱用したら私とてただでは済まないよ。これは湯婆婆様の命
令なんだ。おそらく綾香様が関係しているんだろう。七日間ほど滞在するそ
うだから」
「あの婆様、変なところで気を使いやがんな・・・まっいっかそれじゃ、ち
ょっくら行ってくるよ」
「リン、代金は番台からもらって行ってくれ、それと領収書をもらうのを忘れないように、それから寄り道は絶対にするなよ!!」
へいへいと、リンはそう言って番台のほうへと向かっていった。

 問屋で用を済ませたリンと千尋は、油屋と向かっていた。何時もだったら
リンは、これ幸いと必ず寄り道をしているのだが珍しく急いで油屋へとむかっていた。そして、時々突然立ち止っては後ろを振り返った。
「リンさんどうしたの、もう10回目だよ。」
「・・・・・・何でも無い・・・・・・」
何でも無くは無い。リンは、油屋を出来たときから誰かに後を付けられてい
る気がしてならなかったのだ。だから、寄り道をしていなかったのだが・・・・
 後もう少しで、油屋に着くところでリンと千尋は、一人の男に呼び止めら
れた。
 その男は、黒い着物を纏い腰には太刀をさした初老の男性で、顔の左半
面に火傷の跡があった。
「見たところ油屋の従業員の方々と見受けるが、油屋はこちらの方で宜しいのですかな?」
「はい、そうで御座います。まだ開店時間では無いので、後ほど来てください」
 リンは、愛想笑いを浮かべて答えるが、心の中では思いっきり警戒してい
た。
油屋の開店時間は、逢魔々刻つまり夕方なのに、何故、日の高いうちから来るのか?第一この男体から僅かでわあるが、瘴気を放っているではないか!!
「ん、めずらしい、このような所に人間が居るとは、その方名は何と言う。」
(白々しい!!)リンは、そう思った。そんな事は、最初に気が付くべき事だろう。
「ち・・・い、いえ、セッ・・・センと言います。」
千尋も何かを感じたのだろうか、声が震えている。
男が、顔をよくみたいと、言って二人に一歩ちかずいたのでリンは、思わず1歩後ずさった。すると、男は驚いた様子で、
「出来る限り瘴気を押さえていたのだがそれに感ずくとは・・・さすがは九尾
と言ったところか・・・だが力の大半を封印されていては、如何することも出来まい」
(な、何言ってだこいつ、九尾?封印?いったい何の事だ?)
 リンは、訳が解からず怪訝な顔をした。
「イズナ!!白狐の恥さらしが!!その二人から離れろ!!」
 二人の男が叫びながらその男に太刀できりつけた。その二人は、綾香様の護衛していた者達だった。イズナと言われた男は、難なくその攻撃をかわすと、
「不意打ちを食らわすときは、声を出さずにすることだ・・・」
そう言うとイズナは、体を変化させた。頭に白い耳が生え尻の方には、尻尾
が八本も生えたのである。それを見たリンは、サーと、血の気が引いていっ
た。
「リン殿、ここは我らに任せてセン殿を連れて逃げてください!!あやつの
目的は、人間であるセン殿なんです!!」
「すっ、すまねぇ!!」
リンは、そう言うと荷物を放り出し千尋の手を取ると油屋へと、全力で走り
出した。
「ちょっ、ちょっとリンさん?!」
訳の解からない千尋は、リンにむかって叫ぶとリンは、
「妖狐の一族の力の大きさは、尻尾の数で決まるんだ!!あのイズナて野
郎は八本、化け物じみた力を持ってやがる!!たいした力を持っていない
オレ達に出来ることは何も無い!!出来ることと言えば足手纏いにならな
いように立ち去る事だけだ!!」
リンの言葉に悲痛な響きを感じた千尋は、それ以上何も言えなかった。
何ほども行かぬうちには以後で大きな爆発音が響いた。驚いて二人が振り
返ると、先ほどの二人の黒焦げのバラバラ死体が、リンと千尋の周りに落ち
てきた。そして、イズナと言われる男が追いついてきたのである。リンは、
身構えながら千尋に叫んだ。
「セン!!ここはオレが時間を稼ぐからお前は逃げろ!!そして、ハクとバ
アサマを呼んできてくれ!!早く!!」
千尋は躊躇したが、リンの足でまといなんだよ!!早く行け!!と言われ
後ろ髪を引かれながらも走り出した。その様子を見ていたイズナはリンに、
「勇敢なのは認めるが、封印された力では、たいした時間稼ぎにはならん
ぞ。」
「うっせぇ!!訳のわかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ!!」
リンは、そう叫ぶと相手に飛び掛っていった。
千尋は、リンの無事を祈りつつ油屋へ全力で走っていた。油屋の巨大灯篭
が見え出したところで、白い水干を着たハクを見つけた。 千尋が、ハクを
呼ぼうとしたとき背後で2度目の爆発音がとどろいた・・・・・・



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