第三話


 センこと千尋は、銭婆の所から帰ってきたことを湯婆婆に伝えるべく、執
務室へと、ハクとともに廊下を歩いていた。ハクは、リンに対して大人気無
い事をしてしまった後ろめたさからか、何時もよりも飛ぶ速度が遅く、少々
時間がかかってしまったが・・・ 
 二人は執務室へとむかう最後のエレベータに乗ろうと待っていたところ、後ろから女性に突然こえを掛けられた。
 綺麗な着物をキッチリと着こなし、美しい黒髪を伸ばした凛としたふいん
気をしたその美しい女性は、
「セン、帰ってきたかー、すまねぇな出迎えてやれなくて、次ぎからは、ちゃ
んと出迎えてやっからな、おっと、エレベーターがきたか、これから上客をも
てなさなきゃなんねぇんで先に乗らしてもらうよ。」
 一方的にまくし立てると、さっさとエレベーターに乗り込んで、上に上がっていていった。

                 ・・・・・・間・・・・・・

 しばしの沈黙の後、千尋は、やっとの思いでハクに、
「・・・ハク、今の誰・・・」
と、尋ねる千尋に、ハクは、
「・・・いや、私もはじめて見る・・・」
と、答えるのが精一杯だった。
 親しげに、千尋に声を掛けているところを見ると、千尋をよく知っている人
物であることには間違いない。しかし、千尋には、あのような綺麗な女性を
見た事は無い。ハクは立場上、従業員の顔や、名前、所属などを知ってなければ成らないのだがやはり記憶には無い。いったい誰だろうと、考えて
いると、
「あれは、リンだよ。」
と、湯婆婆は後ろからセンとハクに、声を掛けた。
「エ――――――、今のがリンさんなんですか!!」
千尋は、驚いてつい大声をあげた。
「・・・・・・・何か忘れてないかい」
 二人は慌てて、ただいま戻りましたと、慌てて挨拶をする、ああ、おかえりと、と湯婆婆は、言うと
「もったいない話しじゃないか、あの子は磨けば十分光るんだ、そっちの接
待は、いいから座敷上がりゃいいのに、せめて白拍子ぐらいには、なって
ほしいねぇ。」 
あのー、そっちの接待て何ですか?と千尋の質問を無視して、
「セン、急いで風呂に入って着替えてきな、多分、上客の綾香様に呼ばれ
るよ。ここじゃ人間の子は、珍しいからね。それと、ハク、父役達が上客に御出しする料理の事で相談したいそうなので急いで帳場に行ってきな。」
それだけ言うとさっさと立ち去ってしまった。
「ハク、そっちの接待て何なの?」
「急いだ方がいい、私は、帳場に行ってくる」
そう言うと、サッサと帳場のほうへとむかっていった。
一人残された千尋は、何で二人して教えてくん無いんだろうと、むくれていた。
 
 白狐の一族の一人、九尾の狐の綾香様に呼ばれたリンは、椿の間に来
ると綾香様、「リンで御座います」と声を掛けると、おはいり、との声、失礼しますと、いって椿の間のに入ると、綾香様のお供の者たちや、すでに接待
に当たっている湯女達の「おお」と、驚きとも感嘆とも取れる声がした。綾香
様は、
「おお、リン相変わらず美しいのう、堅苦しい挨拶はぬきじゃ、ささ、もっとちこう寄れ。」
と、嬉しそうに手招きをした。
その様子を見るともなしに見ていた他の白拍子や湯女達は、はぁと内心溜
息をついた。又、仕事が取られると、リンは酒にも強く、気風も良い、とどめ
に話し上手の聞き上手、白拍子になったら引く手数多の人気の白拍子にな
ることは間違いない。その証拠に、一部の客達の中には、「リン、とか言う
湯女を宴に出せ!!」と、無理難題を言い出す客も居るのだから・・・
そのため上役達は、リンにせめて、白拍子になるようにと勧めるが、リンは
拒否し続けていて、同じ眷属の九尾の狐、綾香様が来たぐらいの時にしか
座敷に上がらなかった。

 宴は続き酒が回りはじめた頃、やはりこの話題が出てきた。油屋で働く唯一の人間、センこと千尋の話題が・・・・・
「リン、そう言えばここには、センとか言う人間の小娘が、働いてるそうじゃの、妾もおうてみたい、呼んではくれまいか」
リンは、しばしお待ちを、と言って他の湯女達にセンを呼んでくれと頼んだ。
ほどなくして、椿の間に入ってきた。
「そなたが、千尋と言う人間の小娘じゃ。、顔をよう見たい、もっとちこう寄
れ」
と、綾香は声を掛けた。千尋は、失礼しますと、言ってから綾香のもとえと
歩いて行くが、酷く動きがぎこちない。リンは、酷くいやな予感がした。そし
て、その予感は的中する。千尋は、自分で自分の足を引っ掛ける離れ業を
披露し、綾香の直前で、ドターーンと派手な音を立ててすっ転んだ。
 椿の間にいる全員が何が起こったか分からず凝り固まる中、リンは上を
見上げて溜息まじりに小さく呟いた。
「ああ、もう勝手にやってくれ」と・・・



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