第二話

              
 油屋の営業時間になる頃、リンは上役に呼ばれて油屋の玄関へと、歩いていた。倉庫から、皿や漆塗りの碗やらを出す手伝いをしていたところ僚が
 「リン、上役が玄関でお客様のおで迎えをしろってさ。」
と、言ってきたからである。何でオレがとも文句を思いつつも、其処は下っ
端の立場ゆえに、呼ばれた以上行くしかないので、ぶつぶつと文句を言い
つつも玄関先へ向かっていった。
 玄関にたどり着くと、兄役、父役、油屋の主、湯婆婆までもが居るでわな
いか、(なんだ上客が来るのかよ)と思って突っ立っていたら、父役がリンを
見るやいなや
 「リン、何だそんな汚い格好で!!」
と、怒鳴りつけた。
リンの髪の毛は、埃で汚れ、水干も汚れの染みがあちこちにこびり付いて
いて、少し、いやかなり酷い有様だった。リンは、悪う御座いましたね!!
忙しくて着替える間が無かったんですよ!!と、悪態を付こうとしたが、後
に続く父役の言葉に言えなかった。
 「九尾の狐の一人、白狐の綾香様がお越しなるんだぞ。早くむこうへ行か
んか!!」
 リンは、「ゲッ、」と言葉を漏らす。綾香様と言えば、某州を納める長で、九
尾の狐の中でも、トップレベルの神通力を持っている人物で、ただの白狐
でしかないリンにしてみれば、憧れであり、尊敬する人物であり、雲の上の
人であるわけだ。
何故か、自分をひどく気に入ってくれていて、三ヶ月から六ヶ月の割合で油
屋を訪れる度に、自分を指名する(座敷へ上がる事になる)上客の一人であ
る訳だ。
 冗談じゃない!!こんな汚れた姿を綾香様に見せられるか!!慌ててリ
ンは、奥に行こうとしたが時すでに遅し、聞き覚えの有る声がリンにかけら
れた。
 「おお、リン、久しいのう 」
その声聞こえたとたんリンは、ビシッリと固まり、思考は緊急停止した。そし
て、父役、兄役、湯婆婆は、心の中で頭を抱えた・・・・・・

 この後の事は、リンはよく覚えていない。ただ、かろうじて綾香様に、
 「綾香様、お久しぶりでございます。このような見っとも無い姿で出迎えし
まい大変申しわけありません。」(後で父役に聞いてみたところ、声が完全
に裏返っていたそうだ。)
と、挨拶した事と、綾香様の
 「よいよい、それよりも座敷の方で待ってるゆえ、又、妾に面白いを聞せ
ておくれ」
と、言う言葉と、湯婆婆の殺気にた怒りの視線ぐらいであった。

 綾香様御一行が(綾香様と、侍女、三名、護衛の武士、六名)上客用の部
屋のひとつ、椿の間へと行くべく兄役の案内で、エレベーターに乗り込みそ
の扉が締まると同時に
「リン!!何やってたんだい!!ハクから綾香様がお越しなるので準備す
るように言うことを聞いていなかったのかい!!ああ、言い訳なんか聞きた
くないね!!あんたと綾香様の仲だから今回は大目に見てやるが、次ぎや
ったら承知しないからね!!誰か、るかを呼んでおくれ!!」
と、怒鳴りつけた。
いったい誰がどのような言い訳をしたと言うのか、果てしなく疑問に思うリン
であったが、あえて聞き流す。しかし、聞き流せなかったのは、ハクのこと
である。
 (あんにゃろー、あの台詞を根に持ってこんな重要なことを言わないとは、
おかげて、いらぬ恥をかいてしまったじゃないか、後で必ず絡み酒の刑にし
てやる)と、密かに固く誓うリンであった。
「お呼びでしょうか、湯婆婆様。」
 るかと、ゆう湯女がやって来てそう声をかけてきた。るかは、座敷に上が
る湯女達や白拍子の着つけや化粧、舞などの稽古の指導などを取り仕切
る大湯女の一人である。
「リンを座敷に上げる準備をしてやんな、もたもたしてんじゃないよ!!」
そう言うと、足跡も荒く奥へのほうへ行った。リンは溜息をつくと、るかの方
を向くと、「よろしくお願いします。」
と、頭を下げた。



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