リンの願い

第1話



 平安時代の貴族達が乗るような2台の煌びやかな牛車が、少し荒れた道
をゆっくりと進んでいた。 牛車の周りには、護衛だろうか、六名ほどの安
時代のような姿をした武士達が、牛車に合わせて歩いていた。 ほどなく一
人の武士が、前の牛車に近づくと、
 「綾香様 あと半時ほどで、船着場です。そこからは、徒歩に成りますので、御準備ほどを。」と、声をかけた。
 すると、美しい女性の声で、「わかりました」と、こたえが返ってきた。その
牛車には、十二単に、よく似た着物を着ており、美しい黒髪を腰の辺りまで
伸ばした年の頃二十七、八の美しい女性が座っていた。
 綾香様と、呼ばれたその女性は、小さな声で、
 「ようやく、あの子に会える・・・・・」と、とても嬉そうに呟いた。


 「まっ こんなものか」
リンは、よもぎ湯の風呂釜を磨き終えるとそう呟いた。いつもいっしょに居る
センこと千尋は、月もので銭婆の所に行っているので居ない。
千尋が、月もので居ない間は、大湯番になることは無いので、楽と言え楽
なのだが、やはり何か物足りない。・・・からかう相手が居ないからだ。
 「ねぇ、リン、センのやつそろそろ帰ってくるころじゃない。」
年の瀬、十六歳ぐらいのフナと言う同僚がリンに声をかけてきた。
 「今日で六日目か、そろそろ帰ってくるころだよ。」
 「ハク様が、迎えに行くんでしょう。帰り際に、あの二人よからぬ事を・・い
や良い事をしてたりして。」
そう言うと、近くに居た湯女達も、「ありえる」と、うなづき合った。
 「おい!!おまえら!!いい加減な噂を立てるとしょうちしねぇぞ!!」
リンは、かなり怒気をふくんだ声で怒鳴りつけたので、フナ達は、慌ててく
ちをつぐんだ。
 「だいたいあんなムッツリスケベの変態ロリコン野郎に、そう簡単に可愛
い妹分をやれるかってだい。」
怒鳴ったついでにそうまくし立てたリンに、フナや他の湯女達が冷や汗を滴
らせながら必死に目で何かを訴えていた。・・・どうやら後ろを見ろと言って
るらしい。
リンは、大体の予想をつけて後ろを見ると、案の定ハクが仏頂面で突っ立
て居た。これが他の者達だったら凝り固まるか、慌てて謝罪するか、逃げ
出すかするところなのだがリンは、少しも動じず、「なんだ、いたのかよ。」と
言い放つ。
 フナ達は、(あんたは、恐れる言うことをしらんのか―――――!!)と、激しく
心の中で突っ込んだ。
 ハクは、しばしの沈黙の後、これまた仏頂面で、
「千尋を迎えに行ってくる・・・」
 それだけ言うと、出口へと歩き出していった。
「変なやつだなぁ、いつもだったら何か言い返すのに・・・」
リンは、ハクを見送りながらそう呟いた。
(変なのは、あんただよ!!)
湯女達は、再び心の中でそう突っ込んだ。
 もっともリンは、ハクが何も言い返さなかった理由をその後、暫らくしてから気づくことになるが・・・。



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