第九話

 「かかれ・・・」
 黒金武男の声がするやいなや、全ての妖怪達がいじん達に向かって殺到していった。
人の姿をしたものが、獣の姿をしたものが、草や木の姿をしたものが、石や水の姿をした
ものや、ゆらめく炎のように形の無いものが、いっせいにいじん達に襲いかかった。鋭い
爪や牙がきらめき、ムチのような触手が空をきった。刀や槍や鎌などの刃切り刻み、炎の
柱が踊り、氷の嵐が吹き荒れ、眩い雷光が闇を切り裂き、突風が吹き荒れた。いじん達
は、次々と原型を留めないほどズタズタになった。夜空は人ならざる者の悲鳴で満たされ
た。
 何体かのいじんは、影に転じて逃げようとしたが探知能力に長けた妖怪に見つかり、術
破りをかけられて正体を露にした。そこを妖怪達に襲われ切り裂かれ、焼き尽くされた。
 一体のいじんが武男の放った弓矢によって木に縫いとめられた。そこを風治の放った風
の刃で切り刻まれた。他の一体は、チョロチョロと逃げ回っていたが突然悲鳴を上げて転
がった。忍者妖怪、作助のまいたマキビシを踏んだのだ。そこを神楽の稲妻がいじんを黒
焦げにする。他の一体が、公園の外に出ようとしたが、公園に人間が紛れ込まない様に、
人払いの結界を張る役割の一人、リンに見つかった。
 「チッ、病み上がりだってのに!!」
リンはそうぼやくと、いじんに火の玉を放つ。直撃を食らったいじんは数瞬で消し炭と化し
た。

 ハクの背中に乗って上空からその様子を見ていた千尋は、不快感を感じていた。悪い
妖怪が、ハクやリンを傷つけ自分を殺そうとした邪悪な生き物が、滅ぼされる事に何のカ
ルタシスも感じなかった。そして、神楽の言った言葉が思い出されていた。
 『私達のやっている事は所詮殺戮なのさ』
千尋は、改めて事実を付きつけられた。妖怪達が人間の心が生み出した悪夢の後始末
を人間に代わって後始末していると言う事も・・・
 『妖怪はその存在を人間が信じれば生まれる。妖怪がどんなにその存在を信じても生ま
れてこない』
 今更ながらその言葉が強く思い出された。
そのとき千尋は視界の隅に、公園の外に逃げる事が出来た一体のいじんを捕らえた。
 「ハク、あそこ!!」
ハクは、千尋の指し示す方向を見やった。いじんは、トラックの荷台に飛び乗って、逃げよ
うとしていた。ハクは、確認するや否や急降下してトラックに迫った。逃がす訳には行かな
いのだ。
 稲妻の射程距離になったが、トラックを巻き込む恐れがあるで放つわけには行かなかっ
た。超低空でトラックに接近する。と、いじんは追跡に気が付いて、トラックから飛び降りよ
うとするが、ハクの前足がいじんを捕える方が早かった。ハクは、いじんを捕えるといじん
をぶら下げたまま急上昇する。いじんは半月刀を取り出してハクに切り付けようとするが、
千尋がそれを御神刀で阻止した。千尋の攻撃によっていじんの半月刀は弾き飛ばされて
何処とも無く落ちていった。ハクは、大急ぎで人気がいないところを探した。と、それは直
ぐ前方にあった。
 『西京極総合運動公園』
 阪急京都線の西京極駅の直ぐ側にある運動公園だ。野球場や陸上競技場などある所
だ。今は何の試合もないので無人であるはずだ。あそこなら、誰に見られることもないだ
ろう。
 ハクは、逃れようと暴れるいじんをぶら下げたまま飛びつづけ、陸上競技場の近くに来
ると手を放した。かなり高い位置から・・・
 いじんは悲鳴を上げて競技場に落下していく。それを追ってハクは千尋を乗せたまま降
下してフワリと着地する。そして、千尋を下ろすと人間の姿になった。そして、素早く周りを
見渡していじんを探した。
 いじんは直ぐに見つかった。地面に叩き付けられて重傷を負い地面に這つくばって弱々
しくもがき苦しんでいた。苦しそうに地面を引っかき、懇願ともすすり泣きともつかない哀れ
な呻き声を上げていた。
 ハクと千尋はそいつに近づき、暗い顔で見下ろしていた。ハクやリンを傷つけ千尋を殺
そうとした憎くんでも憎みきれない相手だったはずなのに、今は憐憫の情しか沸いてこな
かった。
 何故、こんな事になってしまったのか・・・何故、人を傷つける事しか出来ないのか・・・
何故、一切の愛を知らず、どす黒い憎悪しか知らないのか・・・・・・
 ハクは、トドメを刺すべく念を集中する。それを感じ取った千尋は止めてと遮った。ハクは
怪訝な顔をして千尋を見つめた。
 「ハク、皆が言ってたじゃない。妖怪は人間の想いからしか生まれないって、どんなに妖
怪の想いら妖怪は生まれないって・・・だから、本当は人間の手で終わらすべきなのよ。」
 ハクはためらったが、千尋の強い意思に引き下がった。千尋の手を汚させるのは嫌だっ
たが・・・
 「ごめんね・・・貴方は何も悪くない。悪いのはそんなふうに生まれさせた私達人間が悪
いのよ・・・」
 千尋は涙ぐんでそう言うと、御神刀を振り落とした。空気が裂けいじんを真っ二つにした。
いじんの遺体は、急速に腐敗して消えていった。
 「さあ―みんなの所へ帰りましょう」
ハクは、千尋の消え入りそうな声を聞くと龍の姿に転じた。慰めの声をかけてやりたかった
がどう言えば解らなかったからだ。千尋は、俯きハクに顔を見られない様にしてハクの背
に乗るとたてがみの中に顔をうずめた。ハクは皆の所へ戻るべく飛び立った。
 声を殺して泣きつづける千尋の声を聞きながら・・・

 その様子を見つめていた者が居た。光すらも吸い込んでしまいそうな長い黒髪をした
大柄な女性だ。顔には―右目の上から垂直に見にくく引きつれた傷跡があった。
 「ふん・・・折角復活させてもこの程度か・・・」
 そう吐き捨てる様に言うと、今度は残忍な笑みを浮かべて続けた。
 「まぁいいか・・・お楽しみは後に取っておくべきだしな・・・」
そう言うと、その女性はそこを後にした。 






         

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