第七話

 体当たりを受けたいじんは、数メートル吹き飛ばされて地面を転がった。黒い
狼は着地すると直ぐに人の姿になった。
 「シンシアさん!!」千尋が叫んだ。
 ハクの局地的に天候を操って発生させた雲や稲妻に気付いてくれたのだ。ハ
クとリンは、苦痛にもがきながらも助けが来た事に安堵した。
 「五・六年で復活するとはな。いじん!!」
怒りの双眸で、相手を睨みつけるシンシア。その瞳は金色に輝いていた。
 「クッ・・・コロセ!!」
いじんはそう叫ぶとシンシアに斬りかかっていった。シンシアは大口径の銃、デ
ザートイーグルを構えると、斬りかかってきたいじん目掛けて撃ちまくった。大口
径の弾丸がいじんを捕らえた。いじんは打たれた所を押さえて悲鳴を上げて転
がる。しかし、数が多過ぎて上手く対処できない。このままでは、ハクとリンの二
の舞だ。と、其処に巨大な白い影・・・巫女さんが着るような、白い着物を着た鬼
が舞い降りた。神楽である。神楽は文字どうり鬼のような形相でいじんを睨みつ
けると吼えた。
 「貴様らああああああああああ!!!!」
雷鳴のような物凄い声に、いじんは震え上がって動きを止めた。その瞬間を見
逃す神楽ではない。いじんめがけて、火炎と稲妻を放った。一体が火達磨にな
り、もう一体が消し炭になった。
 シンシアも、瞬時に狼の姿になると、いじんに飛びかかって頭を食い千切る。
更にもう一体が、突如起こった旋風に巻き込まれて、ズタズタになる。旋風の風
治の正体は、風治だ。
慌てた残り三体は、地面に吸い込まれる様に姿を消す。体を影に変じたのだ。
黒い水溜りのような影が、地面を滑って木々の影にまぎれて逃げてしまった。
 畜生と、うめくシンシア。こうなってしまったら、追いかけようが無いからだ。
 「安心しろ。作助が追跡中だ。潜伏先をつきとめる為にな。」
神楽はそう言った。
 忍者妖怪である作助は、こう言ったことは得意なのだ。完璧に気配を消して追
跡する事が。気配を消した状態では直ぐ隣にいても気が付かないのだ。おそらく
いじんは、尾行されているとは夢にも思うまい。
 風治とシンシアは、ハクとリンの側にしゃがみこむと、二人の応急手当をし始め
た。

 三十分後、丸山公園は何事も無かったかのようになっていた。ちらほらと、人
影も見え出してくる。彼等は三十分前ここで壮絶な戦いが有ったとは夢に思うま
い・・・
 その戦いの後、色々と大変だった。恐怖によって麻痺していた理性が戻るや否
や、ハクとリンが死んでしまうと、千尋は泣くは喚くはそれはもう大変だった。シン
シアが術で強引に落ち着かせて神楽が彼女の家まで送っていった。
 ハクとリンの傷は風治の薬によって塞がったが、如何せん出血が多く少々ヤバ
イ。人間の様に輸血が出来れば良いのだが・・・・
 二人は、武男が乗ってきたレジアスに乗せられると、しろがねの店に連れてい
かれて、店の奥の座敷に寝かされた。無論、別々の布団で間についたてを立て
て。

 翌日の朝方、千尋は学校をサボって、しろがねに向かっていた。昨夜は、シン
シアの術で強引に落ち着かされて帰ったが、心が酷く高ぶって殆ど寝ていなか
った。
 短い眠りから目覚めた千尋は、神楽に電話をかけてハクとリンは居酒屋しろが
ねの奥で寝ている事をしった。命に別状は無いとの事だが、撥ね回る心を押さえ
る事が出来ず、学校をサボってここまでやって来たのだ。親に怒られる事を承知
で。しかし、そんな事は、今はどうでも良いのだ。
 「いらしゃ・・・・・・」
武男は、入ってきた客が千尋だと気付いて、最後まで声が出せなかった。そし
て、彼女の目が悲壮な決意をしている事を物語っている事にも。
 「武男さん。ハクとリンさんに、会わせてもらえますか?」
千尋は、武男の目を真っ直ぐに見詰めて、力強い声でハッキリと言った。その
言葉の力強さに武男は一瞬、たじろいた。
 「いや・・・二人は・・・昨日の今日だから・・・もう少し時間が足ってからにして
くれんかね?」
 「いやです!!」
武男は、言葉に詰まった。ここ数十年間無かった事だ。しかも、たかが人間の小
娘にこんな風になろうとは!!
 「会わせてもらえますね!!」
武男を見詰める目は、何者にも揺るがない強い決意がこめられていた。武男
は、溜息を付いて、折れた。
 「奥の座敷で寝ている。今、風治とシンシアが看病に当っているよ」
千尋が、奥の座敷に行くと、シンシアが気が付いた。
 「あ・・・いらっしゃい。千尋ちゃん・・・エート、二人は見てのとうりだよ・・・命に
別状は無いのだけど、出血量が多くてね。人間の様に輸血する訳にも行かない
し」
 ハクとリンは、出血のせいで力が使えず本来のままの姿で、うずくまっていた。
二人とも、千尋の声を聞いて閉じていた目を力無く開けた。
 「でも、傷はオレのクスリで塞がってるから、問題無いよ。」
風治が、そう言うと千尋は頷くが、黙ったまま。その様子を見ていたシンシアが、
風治を引っ張って、店の方へと行く。三人にさせようと言う訳だ。 





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