地上の星  8





瞬は募った思いを抱えたまま
小宇宙を発光させ扉の所まで歩いた。

扉を開けようとしたところで気配もなく外側から扉が開く。
瞬は心臓がとまるのではないかと思うほど高鳴なった。



薄光る小宇宙の中、兄の顔が浮かび上がる。

「兄さん!!」

「瞬、どうした?」

優しい兄の声と大きな肢体に瞬は抱きついてしまいそうになる自分を制した。

「兄さんこんな夜更けにどこに?」

「用を足しにいってただけだ。心細かったのか?」

瞬が小さく頷くと一輝は大きな手で瞬の頭を撫でた。
こうやって兄は僕をいつも子供扱いするのだ。
昼間の雷雨のときもあそうだった。

それでもそうされることが瞬は嫌いじゃない。



兄はこの雨だというのにほとんど服も足元も濡れて
いる気配はなかった。傘もないというのに。
瞬はそんな兄をいぶかしくは思ったが何も言わなかった。


一輝が床に腰掛けた横に少しあけて瞬も腰掛ける。

「兄さんあのね・・・。」

「なんだ?」

優しく聞き返されて言葉が詰まった。

たまらなく怖いのだ。
それを告白すればここでの生活が終わってしまう気がして。

また近い未来聖戦が始まる。
そうなれば必然的にここでの生活は終わる。

でも自分から終わらせたくない。少しでもこの人の傍に
いたいと思ってしまうのだ。

「ごめん、なんでもないよ。兄さんおやすみなさい。」

瞬は自身の毛布に逃げるようにもぐった。
ハーデスは自分の魂がこの世で一番美しいと言っていた。
だが、僕はこんなにも欲深くて、弱い。

自己嫌悪に陥った瞬がぎゅっと毛布に包まると一輝が毛布ごと
瞬を抱き寄せた。

胸が大きくドクンとなる。その音があまりに大きすぎて傍にいる
兄さんにも気づかれてしまうのではないかと思う。

兄さんは何も言わなかった。
ただ傍にいて抱きしめてくれるだけで。


それが弟に対しての思いだけでもいい。
傍においてくれるだけで。

でも自分はいつかそれだけでは足りなくなってしまうのだろう。

瞬はあふれ出してくる思いを無理やりに押さえ込むとゆっくり目を閉じた。



翌日は昨日とは打ってかわって朝から晴れ渡る晴天だった。

雨の日はほとんど出歩くことが出来ない分、こんな日は早朝から
出かけて備えておかなければならずフタリは忙しくその日は
すぎた。

その夜、深夜の事。
瞬は微かに感じた気配に暗闇の中目を覚ました。


「兄さん?」


小屋の中の兄の気配(小宇宙)が消えていた。
瞬は暗闇の中ぞんざいに置かれたものに注意しながら小屋の外にでた。

真っ暗闇にひんやり冷たい風が瞬を取り巻いた。小宇宙を発光させるように
ともすと微かに木々の隙間から星が見えた。
まるでその光が瞬に行き先を道しるべしているようだった。

瞬は瞳を閉じ集中した。瞬の周りを発光するように小宇宙が漂いはじめる。
兄の気配はほとんど小さなものだった。しかもそれがあちこちに残留してる。
それでも足跡がそこに残るように微かに濃い小宇宙を
瞬は追った。

それは瞬の知らなかった鍾乳洞の中に続いていた。
鍾乳洞に入った瞬間、ひんやりした風は突き刺すものへとかわった。
こつん、コツンと瞬の足音が鍾乳洞に響く。
鍾乳洞は森の中以上に突起した石が滑りやすく足を取られてはバランスを
取られそうだった。

長い鍾乳洞の先はどこまで続くのは全く見当がつかない。
用心しながら瞬は足を進めていると
やがて足元に水が流れ、唸るような轟音が奥から生まれていた。
冷えた風が生まれてくる場所がそこにあるようだった。


そのまま歩き続けることしばし、瞬は真っ暗闇の中立ち止まった。
瞬の前に道はもうなかった。
その先は水の流れる轟音がするだけで、よく見えないがおそらく
滝壺があるのだろう。

こんな所があったなんて。
瞬が小宇宙の光を鍾乳洞一面に灯した。





「兄さん・・・。」


滝つぼの中に兄がいた。
兄は身一つでその体に水の流れを受けていた。

おそらくすごく集中していて瞬がここにいることさえ
気づいてはいないのだろう。

見てはいけないものをみてしまったような気がして
瞬は小宇宙の発光をやめた。
それでもそこから離れることが瞬にはできなかった。

暗闇の中、見えない兄と対峙すること数分。
その時間1分が1時間にも瞬には思えた。

もう戻ろう。そう決心して
足元が崩れ落ちた。

「えっ?ああああっ、」

瞬の声が水の音に吸い込まれていく。

「瞬!?」

滝つぼの中でも大きな

大きな波しぶきの音とともに刺すように冷たさと痛みが走った。

「痛っ、」

落ちる瞬間バランスは保ったが流石に落下した足場までは
把握しきれなかった。


「瞬!!」

目の前に兄さんが飛び込んでくる。

「ご めんなさ、」

「大丈夫か?」

謝る前に兄の手が瞬にのびる。

「う ん、」

差し出された兄の手を握り返して立ち上がろうとした瞬間左足に
鈍痛が走った。

悟られないようにそのまま平静を装ったつもりだったが一輝は
そのまま瞬を抱えあげた。

その瞬間、瞬は全身の毛が逆立ったような気がした。

「兄さん、大丈夫だよ。おろして、」

抱き上げられてわかったのだ。
兄は何も身に着けていない。

なのにあの滝つぼの中に今までいたのに兄の体は
温かかった。

「その足でここをよじ登るつもりか?」

「こ、こんなの平気だよ。だから・・・」

瞬は暗闇でも視線に困って下を向いた
一輝は返事を返さず瞬を抱き上げたまま
人とは思えぬ身軽さで崖を上っていった。
瞬はその間兄にしがみついているほかなかった。

そうして
安全なところまで行くと一輝は瞬を一端下ろした。

「少しそこで待ってろ。」

有無を言わさぬものいいで瞬は
「うん」と頷くしかなかった。



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