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GS美神 リターン?

 Report File.0052 「海から来た者 その5」
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 気絶から回復した横島は結局、逃げ出すわけにも行かず、このカクに協力する事になってしまった。

「しかし、その逃げた奥さんのナミコさんがどこに行ったのか当てはあるのか?」

『んだ。でなければここまでは来ないだ。一週間前ぐらいから人間のホテルの中、夜、探し回っているだっ!』

『俺やお前じゃ昼間は目立つからな…』

 どう見てもこんな奴らが白昼堂々と出現すれば大騒ぎどころではないだろう。

『んだ』

「(…? あれ、何か引っかかるなあ…)なあ、カクさん、あんたが探しているホテルってこの辺で一番でっかくてきれいなホテルか?」

『そうだべさ』

「だー、お前か〜! お前が原因なんか〜っ!」

 どっかで聞いたような話…つまり夜中に徘徊する怪しげな生物の排除を依頼されていたわけだがその原因が目の前のカクだった事が判明した。横島はこいつさえ出没しなければ千恵たちの宴会に気兼ねなく出る事ができると興奮し、カクの両肩を掴んでガクガク揺すった。

『どうしたんだべ〜、横島どん、落ち着くだ〜』

 突然の横島の行動に今度はカクが目を回す番だった。

『落ち着けっ!』

バシッ!

 スケが先程から持っていたハリセンで横島をどついた。

「ふべっ!」

 かなりきついものだったらしく、横島は倒れ地に這った。

『落ち着いたか?』

「ああ、すまん。つい興奮してしまった」

 きつい突っ込みやと思いながら横島は立ち上がった。それから、彼らに自分がこの地に来た理由を説明しだした。


     *


「久々に海に来たのはいいけどナンパ野郎が鬱陶しいわね。横島クンもこういう時はナンパ避けぐらいには使えそうだけど、どこで油売っているのかしら?」

 令子はせっかく来たから泳ごうと思ったのだが、その行く先々でナンパ野郎が群がってきたお陰で泳ぐ気力など無くなってしまった。

 そうなったのも自分の美貌と色気の所為だというのに、ナンパ避けになるはずの横島が戻ってこなかった所為だと令子は責任転嫁した。

 普通なら何かトラブルがあったのじゃないかと思うものだが、課題の悪霊たちの反応が消えた後も横島の霊波を見鬼君が感知していたので大丈夫だろうと思っていた。

「…ちゃんとしなきゃ給料減らすわよ。横島クン…」

 それらしい落ち度の無い横島に無茶苦茶な事をいう令子を取り成すものはこの場には居なかった。キヌはグリンと共に砂の城を後もう少しで完成というところまで漕ぎ着けており、その光景を沢山のギャラリーたちが見ている状態で令子の様子などに気付きはしなかった。

「…です。離してください」

 機嫌が斜めに傾きかけている令子の耳に女性らしき声が風に乗って聞こえてきた。聞こえてくる内容から、女性をナンパしようとしているようで、その手段は少々強引なようだった。夏は暑さで心が開放的になるというが令子は何気にやばい方向でそうなったようであった。普段なら余り関わろうとは思わなかっただろうが今回は違うらしくその声のする方向へ令子は足を向けた。色々とストレスがたまり解消する手段を無意識のうちに探していたのかもしれない。

 現場にたどり着くと女性を3人の男が取り囲んでおりそのうちの一人は女性の手首を掴んでいた。男達はみな体つきは良さそうに見えるのだが、それだけで見るからに頭が悪そうな面をしていた。

「ちょっと、あなた達、いい加減にしなさいっ! 嫌がってるでしょうがっ!!」

 令子は抵抗している女性を助けるべく男達に声を掛けた。その声に男達は令子のほうに振り向くと下品に口笛を吹いた。口々におお〜とかすげえとか声が漏れた。内心では令子はこんな奴らに自分の身体を観賞されるのは虫唾が走ると思い、それは目つきが鋭くなることで現れた。

「ああ〜ん? じゃ、あんたがお相手してくれるっていうのか? えっ? ねえちゃんよ〜」

 今時、そんな台詞普通言わんだろうと思う事を言ったのは、おそらくリーダ格と思われる男であった。

「俺たちゃ、どちらかが遊ばせてくれたらいいんだからな」

 自分達がどれだけ危険な事をしているのか知らずに男達は言った。例えれば火薬庫の近くで火遊びをするようなものである。

「却下ね。あんた達を相手するほど私は安くないの。さあ、その人を放しなさい」

「何だとっ!!」

 男達は激昂して令子に突っかかろうとするが身体が動こうとしなかった。

「か、体が動かねえ」

 男達は動揺した。実際は令子からのプレッシャーとでも言うようなものを感じて自然と身体が竦んでしまったのだ。

「…覚悟できてるわよね…」

 そんな男達になど構うことなく指をバキバキと鳴らしながら令子は死刑宣告を行った。

「「「ひぃ〜〜〜っ!!」」」

 男達は悲鳴を上げたが令子は容赦しなかった。

ドカッ! バキッ! グシャッ! ドカッ!

 令子の拳が、蹴りが嵐のごとく男達に降り注いだ。それらはサンドバックの如く面白いように当たった。

ギャーーーッ!

 あたりに断末魔の叫びが響き、後には肉の塊が3つほど転がっていた。

「ふー、すっきりした。さあ、そこのあなた、行きましょう」

 令子は良い汗掻いたと額を伝う汗を手でぬぐい、事の成り行きを呆然と眺めていた女性に声を掛けた。

「あっ、はいっ!」

 声を掛けられた女性はここには居たくないと令子に慌ててついていった。

(しっかし、手応えが無いわね。粋がるんだったらもっと鍛えなさいよね)

 あの男達は十分、普通の人よりは鍛えてあるのだが、普段は異様に丈夫で回復が早い横島を相手にしているので令子は錯覚に陥っていた。

「あの、助けていただいてありがとうございます」

「別にいいわよ。大した事じゃなかったし…って、そうだ話し相手になってくれない。ちょうど相手が居なくって暇を持て余してたのよ」

「えっ? あなたが、ですか!?」

 女性は令子を見て率直な意見を言った。見るからに男を引き寄せる美貌と色気を醸し出しているというのに一人だというのが信じられなかったのだ。

「…わるい?」

 女性の言動に令子は少し不機嫌になった。確かに自分でもおかしいとは思うのだが自分に釣り合いの取れる男性が中々居ないのだ。居ても好みに外れると意外に条件が厳しいのだ。今は仕事が面白く積極的に男が欲しいとは思っていない令子であったから、居なくて当たり前の状態なのだ。

「い、いえっ! あ、あの私、ナミコって言います。ちょうど私も話し相手が欲しかったんです」

「そう、私は令子、美神令子よ」

 ここに新たな出会いが生じたのであった。


     *


「…というわけっス」

 横島はこの地へ来た原因となった事の顛末を二人に聞かせた。

『そげな騒ぎになってたんだか〜』

『…やばいな。ご隠居の耳に入ったらややこしい事になりそうだな』

 スケが顎と思わしき所に手を当て考え込んだ。

『んだんだ。やばいべ〜。早いところナミコを連れ戻さんと』

 思わぬ深刻な事態にカクが頭を抱えた。

「どういう事っスか?」

 二人の態度に事態が飲み込めない横島は説明を求めた。

『つまりな、海に棲む者には海に棲む者の掟があるってことや。それでこの辺を仕切っとるご隠居が陸に棲むもんに迷惑かけたらあかんて昔に掟作ったんや』

『恩人に対するお礼とか言ってたべ』

 少し落ち着いたカクが顔を上げて言った。

「そうっすか…つまり、掟を破っている事になる訳か…」

『んだ、やっぱり、何度か人間に見られたのが不味かっただ〜』

 再びカクは頭を抱え込んだ。

『まあ、今更嘆いてもしゃあないやろ。兎に角、これ以上迷惑かけんようにするしかないわ』

『でも、それじゃあナミコを連れ戻せないべ…』

 しょんぼりするカクを見て、横島も何とかしてやりたくなった。それにこれを解決する事が今回の仕事でもある。

「今回の事はどうなるんだ?」

 横島はカクが掟を破ったと言うのなら罰則があるはずだと思い聞いた。

『まあ、陸のもんに直接被害が出たとかじゃないから、大きな罪にはならない。それにご隠居の耳に入る程、騒ぎは大きくなっていないから、何も無い可能性が高い』

「そうなのか」

『あっても、精々使い走りをしばらくやらされるだけだろうな』

『スケさんはご隠居の所の使い走りをした事が無いからそんな事をいうんだべ。結構きついんだべ〜』

『そうなるような事をする自分が悪い』

 カクの言動から結構、罰を受けているらしい事が横島にはわかった。

「しかし、何で奥さんは陸に逃げたんだ? どっちかって言うと海のほうが広いんだし」

『まあ、陸のほうがカクが探しにくいからだろうな』

「そっか…でもこの時期にこんなとこに女性一人で来るってのはナンパしてくれって言っているようなもんだよな…」

『『難破?』』

「あっ、知らんのか? 多分あんたたちが思っているのは船とかが沈んだりするって奴だろ?」

 二人の様子からやっぱり人間のことは疎いんやなと横島は思った。

『違うんだべ?』『違うのか?』

「ちゃうちゃう、ここでいうナンパって言うんは男が女に声をかけて即席で交際する事っス。気が合えば一晩のアバンチュールも楽しもうってやつっス」

 横島は真剣な顔で人差し指を顔の前に立てて言った。

『『一晩のアバンチュール!?』 一晩って…ま、まさかアバンチュールってあれの事だか!?』

 カクが意味を察したのか愕然とした。スケは成る程なと腕を組んでうんうんと頷いていた。

「あれってのが男女の仲ならそうっスけど…」

がーーーんっ!

 横島の無情な言葉にカクは画家ムンクの作品である『叫び』に描かれている人のようになってしまった。余程のショックを受けたのであろう。

『確かに浮気されたんなら、浮気仕返すというのも道理にかなっとるといえば、かなっとるな…』

 スケはさもありなんと天井を見上げた。横島は横島で自分で言っといて何だが、人魚と一夜っていうか…男女の仲になるってどうするんだ? と想像の埒外にある事に頭を悩ませた。

『大変だがや〜、ナミコが陸の男に汚されてしまうだがや〜! 横島どん、何とかしてけろ〜っ!!』

 カクは突然、ショックから復帰したのか叫びだし、横島に泣き付いた。

「どわ〜っ! やめ、やめいっ! 俺は俺は男に抱きつかれる趣味はないんじゃーーっ!!」

 そんなすがりつくカクを横島は気持ち悪がり引き離そうとしたが、すがり付いているのが人外の者だけに自分の力では及ばず、如何ともし難かった。

『頼むだ〜横島どん。横島どんだけが頼りだ〜』

 ドバドバっと涙を流しながら、カクは横島に協力を求めた。

「わかったっ! わかったからすがりつかんといてくれーーっ!!」

 泣きたいのはこっちじゃ! と横島は心の中では叫んではいたものの無碍にもできないので承知した。

『本当だかっ!?』

 横島の返事を聞いてカクもようやく落ち着き手を緩めた。その瞬間を横島は逃さずカクの腕から脱出した。

「ハァ、ハァ、でも俺の師匠の美神さんと相談してだぞ。俺にできるのは多分、話し合いの場を設けることぐらいだからな? あんまり期待するなよ」

『それだけでも十分だべ〜。ありがとうだべ、横島どん』

 そう言って今度は嬉しそうに抱きつこうとした。

「だーっ!! だから俺は男に抱き付かれる趣味は無いちゅうとろうがーーっ!!」

 横島の声が洞窟に響き渡った。


     *


 令子も気の許せる女友達が少ないだけにナミコとの会話は楽しかった。色々と話し込んでいた令子とナミコだがその内、男関係の話になった。

「ふーん、じゃ、ナミコは私と同じぐらいなのに結婚してるんだ…」

 令子は氷と琥珀色の液体の入ったグラスを傾けながらナミコの話を聞いていた。

「でも、彼ったら女にだらしなくって、直ぐに浮気するんです。この前だって…」

 そう言ってナミコは涙目になりながら同じようにグラスの中身をぐいっと飲んだ。

「そう言えばあいつが言ってたな…やっぱり、お兄ちゃんも同じなのかな…」

 前に名前を口にするのも嫌な奴から、伝え聞いたお兄ちゃん…憧れであり初恋の人である西条輝彦の事を思い出した。

「同じです! 同じに決まってます」

 ナミコは強い調子で言い放ち、氷を入れ、グラスのそばにあった瓶を乱暴に取り、中身をグラスに注いだ。ついでに少なくなった令子のグラスにも注ぐ。

「やっぱりそうかな…」

「そうです! 男は浮気者です!」

「そうかな…」

「そうなんです!」

 ナミコはグラスの中の液体をグビグビと飲む。それにつられてか令子もまたぐびぐびっと飲んだ。

 二人は真昼間から凄い勢いで飲んでいるのであった…


(つづく)

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注)GS美神 極楽大作戦は漫画家の椎名高志先生の作品です。






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