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GS美神 リターン?

 Report File.0043 「人形帝国の逆襲 その1」
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にんぎょう:【人形】
 1 木や紙、土などで人間の形をまねて作ったもの。古くは信仰の対象であったが、中世以後は愛玩・観賞用として発達。演劇にも用いられる。
 2 自分の意志では行動できず、他人のなすがままになっている人のたとえ。
 3 男物の長着で、袂袖(たもとそで)の袖付けどまりから袖下までを縫いふさいだところ。
 4 人の形を絵にかいたもの。ひとがた。

ひとがた:【人形】=「ひとかた」とも言う。
 1 人の形。
 2 「形代(かたしろ)」に同じ。
 3 人の姿をかたどったもの。にんぎょう。

かたしろ:【形代】

 1 祭りのとき、神霊の代わりとして置くもの。人形(ひとがた)。
 2陰陽師・神主などが祓えや祈祷のとき、人間の身代わりとした人形。多く紙製で、これに罪・けがれ・災いなどを移して祓えをし、川や海に流す。ひな人形も、もとはこの一種。
 3 身代わり。

大辞泉(小学館)より


「ふーん、人形って元々オカルト的なアイテムだったんだな…」

”横島さん、どうしたんですか? 辞書なんか広げて調べ物ですか?”

「いや、この前の事件で少し、人形について興味を持ったんでな」

”そうですね。あんな事があったんですから”

「そういうおキヌちゃんだって」

 横島が指摘するようにキヌは[世界の人形 〜その魅力の全て〜]という題名の本を抱きかかえていた。

”へへ、そうですね。私も昔に持っていたと思うんですけど…”

 思い出せない程、遥か遠き、時間に埋もれた記憶に少し翳りのある表情をする。

「その内、ひょんな事で思い出すこともあるさ。俺だって小さい頃とかの記憶は忘れているからな…」

 まあ、記憶で言うならつい最近のも忘れてるけどと内心付け加えつつキヌを慰めた。

”そうですよね”

「まあ、それでこの前のような事を経験する事になるのだけは勘弁だけど…」

 そう、先日に横島達は人形に関わる恐るべき事件に関わったのだ。


     *


 大抵の女の子は着せ替え人形で遊びます。やがて大人になり、人形はどこかへ消えてしまう。
 でも……不思議な事に捨てた記憶のある人はあまりいません。

 朝早く3人の男女と1匹が人気の無い大通りを歩いていた。正確には何が入っているのか常識はずれなリュックを背負った男、手ぶらで派手なボディコンにスカーフを身に着けた女、少し透けて見え巫女装束を着て宙に浮いている…はっきりいって幽霊の女の子、その女の子の腕に抱かれた丸っこく背中に小さな翼を生やし愛くるしい姿をした通常の生物とは明らかに違う妖怪と呼ばれるもの達だ。

 はっきりいって異色の組み合わせであり、本来なら人々の注目を浴びただろうが生憎と始発電車が走り始めて少し経ったぐらいの時間であった為、人は少なかった。

 何も隠すことは無い美神令子除霊事務所ご一行である。

「…さわやかな朝…実働10分で7千万円…悪くない仕事だったわ…」

確かに夏が始まった頃で天気も快晴と言って良く一番すごしやすい時間でもあるのだが、そんな言葉とは裏腹に暗い顔をしていた。

”何だか美神さん、最近、元気ないですね…”

「み〜っ!」

 キヌに同意するようにグレムリンの子供、グリンが鳴いた。実際、面倒を見始めてから外見とは違って以外に知能が高いことがわかっている。

「そうだな。今回なんか、徹夜で見張ってたのはこっちだし、悪霊と戦ってトドメさしたのもこっち。美神さんは俺の除霊を見て監督していただけだから滅茶苦茶、楽していると思うんだけど」

 二人は令子の様子を見た。目に隈を作り、疲れた顔になっている横島に比べ、十分に睡眠を取り必要な時だけ起きていた令子のほうが顔つきが悪かった。

「はあ〜、それでもあの損害を埋めるには少ない…うう」

 ぶつぶつと何か言っている。

”横島さん、ここ最近、大損した事ってありましたっけ?”

「ん? あのかねぐら銀行の件以来、仕事はミスしてないから無いと思うけど?」

”じゃ、仕事以外でしょうか?”

「仕事以外で大損って…ギャンブル? でも、美神さんてそんなのしたっけ?」

”幾らお金が好きって言っても賭博にまで手を出しているんでしょうか? とりあえず私には心当たりがありません”

「俺もだ。よく考えると美神さんのこと全然知らないんだよな…」

 令子の呟きから今回の大口の報酬でも埋められないような損害があった事はわかっているのだが横島達には心当たりが無い。令子とはGSとしての師事、それに付随する仕事以外に接点が無いからだ。要するに令子のプライベートなんて全然知らないに等しい。

 そんな一行が美神除霊事務所に戻ってくるとその扉に小さな女の子が座り込んでいた。その女の子は一向に気が付くと飛び起きて駆け寄ってきた。

「モガちゃんが…あたしのモガちゃんがいなくなっちゃったの!」

 そして目の前に来るなり令子に向かって訴えた。

「へ?」

 令子はこの突然のお子様の訴えに面食らった。

「美神さんの知り合いスか?」

「さあ…? 見かけない子だけど…」

 心当たりの無い令子は首を傾げた。何かチリチリとした感覚がして引っ掛かった。

”とにかく玄関先では何ですから事務所に入ってお話を聞いては?”

「そうね、そうしましょう」

 ますます、引っ掛かりを大きく感じながら令子たちは事務所内へ移った。

 小さな女の子はキヌに案内され応接のソファにちょこんと座った。小さな女の子は幽霊のキヌを見ても鈍いのか、そういった存在を素直に受け入れているのか、単純に心に余裕が無いので気にできないだけかはわからないが怯えたりはしなかった。

「俺は横島忠夫、君は?」

「大代アヤ」

”私はキヌ。みんなはおキヌって呼んでくれているわ。はい、お茶をどうぞ、アヤちゃん”

 淹れたての紅茶とクッキーをアヤの前に置いた。

「どうもありがとー! おキヌおねーちゃん」

 屈託無い笑顔でアヤが答えたことから幽霊といった、いわゆる超常存在を受け入れているようだった。

「えらいねーきちんとあいさつできるのね」

 キヌも意外にしっかりした言葉と態度に良く躾された子だと思った。

「で? モガちゃんを探して欲しいって言うけど…着せ替え人形の[モガちゃん]のこと?」

 今まで黙って様子を見ていた令子が口を開いた。その表情は口で言った質問とは別のことを考えているような顔だった。

「うん、そう! おうちで遊んでいたら、オバケが来てモガちゃんをつれていったの…」

 最初こそ勢い良く答えたが消えたモガちゃん人形の事を思ってか沈んでいった。

”オバケって私みたいな?”

 自分を指差すキヌの周りには昼間だというのに人魂が何個か浮かんでいるし、足も無い。これで白装束とかを着ていたならスタンダードな幽霊像である。

「ううん! ものすごくこわいの!!」

 アヤは両手を広げ上げて体いっぱい表現した。

「でね、けむりがまどから来て、なかから白いかおがみえたの」

 アヤはその時の状況をみんなに伝えようと拙い言葉に身振り手振りも使って表現した。


「モガちゃん、今度はこのドレスをきようね」

 アヤは自分の部屋でモガちゃんと遊んでいた。そんな時、白い煙みたいなものが自分の背後から漂ってきた。

「なんだろう?」

 煙の漂う方向にアヤはおそるおそる目を向けた。すると窓の辺りに黒い穴ができており、そこから白い煙が湧き出していた。その穴はどんどんと大きくなり、それにつれて白い煙みたいなものも勢い良く湧き出す。

 余りの現象にアヤは母親を呼ぶ事もできずに固まってしまった。唯一できた事は、手にしていたモガちゃん人形を抱きしめる事だけだった。

 アヤが固まっている間も穴が大きくなるのはとまらなかった。それがかなりの大きさでアヤの身長の倍近くになった時、それは現れた。

ゾクッ

「あう…」

 余りの不気味さにアヤは身を竦ませた。アヤはモガちゃん人形を更にぎゅっと抱きしめた。それはゆっくりとだがアヤに近づいてきた。アヤはそれから逃げようと体を動かそうとするが鉛のように重く自由に動く事はできなかった。それは金髪で人の顔、姿をしていた。それだけなら普通の人なのであるから恐怖する事は無いだろう。

 それは妖しく光り輝く目をしており、手には一振りすればアヤなど直ぐに切り裂かれるだろうと思えるぐらい鋭い爪があり、鈍く光っていた。そして何よりもそれは自分の父親など問題にしないほど、体つきが異様に大きかった。

「あ…ああ…」

 アヤは震えた。自分の命など目の目の存在にしてみればたやすく奪えるのだと本能が理解した。その為か先程までどれ程努力しても動けなかったのに無意識とはいえズルズルと後退っていた。

 そんなアヤの反応にもそれは無頓着でアヤにある程度近づくと停止した。そして唐突にそれは告げた。

”おいで”

「うう…」

 アヤは余りの恐怖に涙を浮かべていたが声をあげて泣く事ができなかった。これは自分を攫いに来たのだろうかと一瞬考えが脳裏に浮かびアヤはイヤイヤと首を振った。

”おいで”

 もう一度それは告げる。すると異変が起こった。

ピクッ

「えっ!?」

 アヤが抱いていたモガちゃん人形が動いたのだ。アヤは驚きの余り腕を緩めた。その隙にモガちゃん人形がするっとアヤの腕からすり抜け床に立ったのである。

「ああっ!?」

 アヤが驚きの余り、モガちゃん人形に手を伸ばした。

 しかし、モガちゃん人形はひょいとその手を掻い潜り、ひょこひょことそれに向かって歩き出した。

「モガちゃん…!?」

 自分の友達が行ってしまうとアヤは必死に手をさし伸ばして引きとめようとした。

”………”

 必死の呼びかけにモガちゃん人形は一瞬立ち止まったがまた歩き始め、それの手の平に乗った。


「そいで急にまっくらになって、目がさめたらモガちゃんがいないの」

 ぐすっ、その時の事を思い出したのか涙ぐんだ。よっぽど怖い思いをしたのか大事な友達がいなくなったからなのかはあって間もない令子たちにはわからなかった。

 すげーーこわーーと横島とキヌは二人肩を寄せ合っていた。特に横島の場合は幽霊のキヌに掴まれているのでぞくぞくっと怖さ倍増であった。

 アヤの話を令子は真剣に聞いて吟味した。

「でも美神さんはお金でしか動かないから、そーゆー怖い思いではなかったことにして…」

 横島は顔を引き攣らせながらアヤに遠まわしに無理だからあきらめるように説得を試みた。なんとなくこの件に関わるのはやばいと思っての事だ。

バキッ!

「ぶはっ!」

 横島は過剰なまでに吹き飛んだ。

「……人聞きの悪い事をいうなっ!」

 横島の言葉に令子は鉄拳を喰らわした。しかし、横島の言葉は一部を除いた令子の知り合いの共通認識であるのだが令子は気づいていない。自分ではこれでも温情ある人間だと思っているのだ。

「す、すいまへん…」

 横島は勢い良く壁に突っ込み、頭から血を流して倒れていたが、そのままの状態で謝罪した。そんな横島にキヌが救急箱を片手に駆けつけた。

 アヤは俯きずっと黙りこくって横島達の事は目に入っていなかった。

「みみ〜っ! みっ!」

 そんなアヤにグリンが小さな羽をパタパタと動かし、目の前まで来ると掛け声と小さな手でパシパシとアヤの頭を叩いた。どうやら沈んでいるアヤを慰めているようだった。

「えっ!?」

 突然、頭を軽く叩かれて顔を上げると不可思議な生き物が目の前に浮いているのに目を丸くしてポカンと口を開けた。

「みぎゃーっ!」

 そんなアヤにグリンは挨拶とばかりに元気良く鳴いた。

”その子はグレムリンの子供でグリンっていうのよ。グリンはアヤちゃんに元気になりなさいっていっているのよ”

 横島の応急手当を終えたのかアヤにグリンを紹介した。

「ありがとー、グリンちゃん」

「み〜っ!」

 少しだけ元気になった様子のアヤに満足したのかグリンは機嫌よく鳴いた。そんな子供達の間に暖かい交流があったなか令子はひたすら考え込んでいた。考えれば考える程引っ掛かりを覚えた。

「………アヤちゃんの話、気になるわね。何か霊感にひっかかるわ…! 占ってみましょう」

 令子は迷った時は指針として占ってみる事が多かったので、今回もそれに従った。

じゃっじゃっじゃっ

 占い師もかくやと言わんばかりの手つきで占いをはじめた。一同はみな占いに注目した。

びらっ

「くっ! 一文にもならないけど、引き受けないと破滅すると出たわ!」

 占いの結果を読み取った令子は首をガクッと落とした。

「ど、どうしたんですか!? 美神さん!!」”み、美神さん、大丈夫ですか!?”「おねーちゃん!!」”みみ、みーーーっl”

 何か異変が合ったのかと一同は慌てた。令子の手は震えていた。

「くっ! タ…タダ働き……あ・・・腸が切れそう…!」

「だーーーっ!」

 令子の言葉に一同はこけた。一同の心配をよそに令子はただ働きしなければならない事に断腸の思いをしていた。どんな時でも金儲けを考えるとは業の深い女であった。


(つづく)

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注)GS美神 極楽大作戦は漫画家の椎名高志先生の作品です。






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