「状態図を読む」


状態図を読む
第2回目:状態図を縦横無尽に活用する


 大学5年生から私が進学した北陸地方の某国立大学(最近ちょっと大きな地震がありました)の大学院の理学研究科には地学専攻があり、4つの学科(地質学、岩石学、鉱物学、そして地球物理学)がありました。そう言えばこの研究科の
「岩石学」は「地殻化学」と呼ばれていたと思います。研究内容は全国の大学院の修士課程の岩石学とほとんど同じであり、火成岩の成因に関する分野と+変成岩の成因に関する分野がありました。

 変成岩の研究は、海洋底地殻の沈み込みに密接に関係する広域変成作用に関する分野であり、主として西南日本の
外帯(中央構造線から南側の変成帯)、特に三波川変性帯から御荷鉾変成帯あるいは黒瀬川帯などに分布する岩石の形成条件(温度や圧力)やプレートテクトニクス運動に関係する構造運動を議論することでした。大学院での指導教官は坂野昇平助教授であり、相平衡岩石学に関しては多分国内ではトップレベルであったと思います。

 広域変成岩は、火山岩や深成岩のような火成岩と違って、海洋底の沈み込み帯で6〜10kbar(0.6〜1.0MPa)の超高圧と数100℃の高温条件下で堆積岩などが変成作用を受けて形成されると考えられているので、部分融解がなければほとんどが
固相反応です(流体は存在しますが)。そのために液相線以下の温度で状態図をそのまま適用することが可能となります。ただし、一般的には多成分系の岩石において全ての化学組成を含めた相平衡の関係は議論できませんので、議論できるように成分に対して理屈をつけて最大でも4成分までとします(前回のように5成分系でも議論できますが定量的な解釈は難しくなります)。4成分であればテトラtetra(正四面体)端成分(end member)を選択できますが、平面での議論の方が理解しやすいので2成分系(binary)3成分系(ternary)で議論します。

 地殻を構成する岩石中の造岩鉱物を中心とする代表的な物質の相平衡は、
米国のカーネギー研究所(Carnegie Institution for Science:鉄鋼王アンドリュー・カーネギーが1902年に創設)や世界の多くの大学や国家や大企業の研究所が材料科学分野で構築してきた状態図や熱力学的な値(エンタルピーやエントロピーや比熱など)を用いて解析に用いてきました。深海の大洋底に堆積した泥岩や粘板岩などの泥質の岩石はその化学組成において火山岩などのような塩基性の岩石と比較して岩石の平均組成は安定しているので、その中に形成された鉱物の組み合わせがそれらの変成作用を受けた物理的な条件を比較的よく反映してくれます。つまり泥質片岩(pelitic schist)の鉱物組み合わせを詳細に調べれば、その岩石が沈み込み帯で変成作用を受けた温度と圧力を知ることができます。これらは地質温度計とか地質圧力計と言われます。

 温度の計算は以下のように行います。最初に
指標鉱物(index mineral)を決めます。三波川変成岩の泥質片岩では、変成度(温度)上昇に伴って、chlorite(緑泥石)からザクロ石(garnet)そしてbiotite(黒雲母)と変化します。ザクロ石はMn(Spessartine:Mn3Al2Si3O12)-Fe(almandine:Fe3Al2Si3O12)-Mg(pyrope:Mg3Al2Si3O12)を陽イオンとして含む完全固溶体であり、その組成比は変成度の増加に伴ってMnが減少してMgとFeが増加します。MgとFe成分は温度上昇(圧力増加)を示します。固相反応では岩石中の流体の存在が重要になります。石英(quartz)は一般的には過剰成分なので、chlorite + 4quartz = 3garnet + 8H2Oの典型的な脱水反応で変成度を議論します。この反応において変成度(温度)上昇に伴って分配平衡(Xgt(Mg)/Xchl(Mg))を計算してΔH(反応のエンタルピー)ΔS(反応のエントロピー)から平衡状態の温度(T:+273℃)を算出します。この計算をFeとMnの端成分に対しても行います(定量的な詳細な計算の流れの説明は省略します)。
 
 ここでザクロ石は拡散速度が遅いために中心部から周辺部に向かって
組成変化(累帯構造)を有します。つまり、過去から一連の温度・圧力の変化が記録されています。そのために、組成変化を中心部から逐次計算していき、温度と圧力の変化を計算します。こうして計算された温度変化は高変成度(高温部)ほど圧力が低い部分を経ていることと高変成度ほど高温条件下で形成されたことを示しました。これらを考慮すると、大洋底プレートの沈み込み帯のハンギング・ウオールでの広域変成作用が考えられました。つまり、今の日本列島で言うならば、ユーラシアプレートに沈み込む太平洋プレートの中で変成作用が起こるのではなく、巨大地震が起こるユーラシアプレートと大洋底プレートの境部分での変成作用を示しているのではと思います。

 これらの結果も状態図の解析技術の成果だったと思います。

 その3に続きます。

3成分(Mn-Fe-Mg)系で固溶体(solid solution)のループを描く

3成分(Mn-Fe-Mg)系で固溶体(solid solution)のループを描く
ざくろ石(garnet)Spessartine(Mn3Al3Si3O12Almandine(Fe3Al3Si3O12Pyrope(Mg3Al3Si3O12
の完全な
固溶体(Solid Solution)です。緑泥石と石英の反応でざくろ石が形成される脱水反応を状態図
と平衡条件下での熱力学的な計算を行うことによって広域変成作用での脱水反応の温度と圧力を算出
しました。これらの計算によって広域変成作用での異なる変成度に対する
P-Tpathを明らかにしました。

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