本編6

 由佳とオレイアスは手をつないで、家路をゆっくりと歩いていた。

 「そうだ」

 オレイアスはポケットから指輪を出した。

 「キスの後になったが…俺はアンタが好きだ」

 由佳は手を差し出す。
 オレイアスはその手に指輪をスッとはめる。

 「運命の輪には、プロポーズって意味もあるのよねー」

 茶化したように笑う由佳。
 でも、やがて真剣な面もちになって、

 「私も…好き……」

 そう言って、少しはにかんだ。
 そして、しばらく沈黙が続いた。

 「あ、ネコだ」

 静寂はやぶられた。
 由佳が指さした方向には、確かにネコがいた。
 由佳はテケテケ後を追いかける。

 「由佳はネコが好きなのか?」

 オレイアスは後ろから由佳に呼びかけた。

 「うん! 弁証法と同じくらい好きだよ。
  ほら〜、ネコちゃ〜ん。こっち来〜い」

 相変わらず、変な例えだな…オレイアスは苦笑した。

 キキーーーーーッ!!!!
 ガンッ!!
 ドサッ。
 その瞬間
―――オレイアスは、突然因果律を感じた。
 放物線を描き、地面に横たわる由佳が脳裏をよぎった。

 「由佳、戻るんだ!」

 オレイアスは急いで由佳の後を追いかけた。
 ネコは路地から通りへと出た。
 そのネコに車のヘッドランプの明かりが映った。

 「危ない!」

 由佳は、ネコを守ろうと通りへ飛び出した。
 オレイアスは必死に腕を伸ばしたが、由佳を捕まえることはできなかった。
 車は猛スピードで突っ込んだ。
 キキーーーーーッ!!!!
 ガンッ!!
 ドサッ。

 由佳の体は放物線を描き、地面に横たわった。
 
―――オレイアスの感じた運命通りであった。

◆◆◆

 由佳は緊急手術室に運ばれた。
 数時間後、「手術中」のランプが消え、医師達が出てきた。

 「娘は…娘はどうなんですか!?」

 由佳の両親達が、医師にすがりついた。

 「手は尽くしました。後は生命力次第です。

 そう言って、医師達は去った。
 オレイアスには、この後どうなるか分かっていた。
 由佳は後一時間で死ぬ。
 運命はそう告げていた。

 死は変化に過ぎない。
 しかし、死とは大切な人たちと別れなければならない。
 両親との別れ、友人との別れ。
 死しても、オレイアスは由佳と一緒にいることができる。
 しかし、由佳は大切なものを一度に失うのだ。
 それが可愛そうでならなかった。

 「先生!」

 オレイアスは、去ろうとする医師達を呼び止めた。

 「由佳を励ましたいんです。側に行ってもいいですか?」

 医師達は頷いた。

◆◆◆

 由佳はベッドで眠っていた。
 死んだように眠っているというべきか、眠ったように死んでいるというべきか。
 
―――それほど、由佳の顔の血の気は失せていた。

 由佳は死ぬ。後一時間弱で。

 オレイアスは由佳と過ごした3日間を思い出していた。
 こうなることは、初めより分かっていた。
 それなのに
―――

 「キミ、ここに埋まってたんだよね? 私のタロットカード見なかった?」

 「え!? 手伝ってくれるの?」

 「要はキミ、ラプラスの悪魔なんだね」

 「私って死ぬんだ…?」

 「私? 私は由佳。『ゆかし』の『ゆか』。見たい知りたい聞きたい…って思わない?」

 「キミってアイデンティティー持ちすぎだよ。私にも分けなさい」

 「見た!? 私のハラハラドキドキショット!」

 「これでもレディーなんだからね!」

 「必殺!」

 「愚かであっても、愚行を重ねまいと必死に頑張ってるんだよ…?」

 「私も…好き……」

 それなのに―――

 「一体なんでなんだよーーーッ!」

 死神の目から涙がこぼれた。
 自分が悲しいからではない。
 死して彼女が悲しむだろうから、自分が悲しいのだ。
 
―――それこそが、恋という名の病だった。

 パリーン。
 運命の輪が壊れた。そして
―――
 奇跡が起きたのだ。

 「泣いちゃ…ダメだよ……」

 由佳の意識が戻ったのだ。
 形の良い唇にうっすら赤味が帯びてきたのだ。

 「泣いてなんか…いない…。
  俺は死神なんだぞ…?」

 オレイアスは由佳に抱きついた。
 由佳は子供をなだめるように、オレイアスの頭を優しく撫でた。

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