第1章 法廷における雫石事故


 第1節 事実


  第1項 事故発生までの概略 昭和46年7月30日


午後1時28分頃 航空自衛隊第一航空団松島派遣隊所属の2機編隊(隈太茂津操縦の教官機、市川良美操縦の訓練機の2機)が航空自衛隊松島基地を離陸し、訓練空域を目指して北上。

左の写真は、全日空機と空中衝突したF-86F。本件における市川訓練生操縦の訓練機である。
事故の月(1971年7月)に松島基地で撮影された(戸田保紀氏撮影)
午後1時33分頃 千歳発羽田行き全日空58便(川西三郎機長、乗員乗客162名)が千歳飛行場を離陸。

午後1時46分頃 全日空機が函館NDB上空を通過

午後2時2分31秒から39秒頃 岩手県雫石町付近の上空28000フィート(約8500メートル)で自衛隊訓練生機の右主翼付け根付近と全日空機の水平尾翼安定板左先端付近前縁とが接触し、全日空機が墜落毀滅し、乗員乗客162名全員が死亡した。

 以上が本件における当事者に争いのない事実である。なお、全日空機衝突の時刻については上記の範囲で争いがある。さらに全日空機の離陸時間や函館NDBの通過時刻については衝突時刻との関係上秒単位の若干の争いがあることを付け加えておく。

  第2項 当事者の請求及び抗弁


   1.原告(全日本空輸株式会社)の請求


イ.被告(国)は全日空に18億1947万9971円及びその内別表(一)請求金額欄記載の各金員につき同表記載の各起算日から各支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

      その内訳

1.全日空機の機体損害                  2億5170万円

2.全日空機の機体損害に対する遅延損害金の一部      1億8544万4380円

3.信用毀滅による営業上の損害           合計10億6658万3000円

内訳・団体旅客運送契約取消による損害3860万2000円
・幹線における一般利用旅客減少による損害(半年分)10億2798万1000円
4.事故関係処理費用相当額の損害           合計1億2257万2188円

内訳・航空機による遺族輸送費956万9486円
・遺体処理費930万2139円
・法要費592万9990円
・医療費46万2548円
・事故処理作業員費用836万4805円
・交通費2136万9766円
・宿泊費2002万4971円
・食費719万4953円
・事故処理社員の人件費1623万6543円
・出張関係費542万8536円
・通信費582万3592円
・貨物輸送費84万 981円
・消耗品費96万9134円
・器具備品費66万1213円
・資料費33万7895円
・医療費206万7935円
・謝礼43万9800円
・新聞掲載費695万1229円
・その他の費用79万6672円
5.弁護士費用                        3400万円

6.遭難者見舞金                     1億5500万円

7.遺体収容所の修復費                     179万1888円

8.山林補償                          238万8515円

◎1.機体損害〜5.弁護士費用まで(合計16億6029万9568円)については国家賠償法1条に基づき損害賠償請求。

◎6.遭難者見舞金、7.遺体収容所の修復費(合計1億5679万1888円)を民法702条に基づき事務管理費用として費用償還請求。

◎8.山林補償を民法650条に基づき委任事務処理費用として、さらに民法702条に基づき事務管理費用として、費用償還請求をし、加えて不当利得としても返還請求をする。

◎またこれらのうち、別表1(略)に記載の各金員については、それぞれの起算日から完済までの民法所定の5分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

ロ.被告は全日空と航空保険契約を締結した原告保険会社10社(東京海上ほか)に対し、計24億4800万円及びこれに関する昭和48年2月2日から完済に至るまでの年5分の割合における金員と弁護士費用5000万円を支払え。

内訳


会社名引受割合保険金額弁護士費用合計金額
東京海上
同和火災
住友海上
大正海上
千代田火災
日動火災
安田火災
日産火災
富士火災
第一火災
39.2%
18.1%
12.9%
11.9%
8.9%
4.1%
3.0%
1.4%
0.4%
0.1%
959,616,000円
443,088,000円
315,792,000円
291,312,000円
217,872,000円
100,368,000円
73,440,000円
34,272,000円
9,792,000円
2,448,000円
19,600,000円
9,050,000円
6,450,000円
5,950,000円
4,450,000円
2,050,000円
1,500,000円
700,000円
200,000円
50,000円
979,216,000円
452,138,000円
322,242,000円
297,262,000円
222,322,000円
102,418,000円
74,940,000円
34,972,000円
9,992,000円
2,498,000円
合計100.0%2,448,000,000円50,000,000円2,498,000,000円

全日空と上記保険会社10社は保険期間昭和46年4月1日正午から昭和47年4月1日正午までの本件全日空機を目的とする航空機体保険契約を締結しており、昭和48年2月1日に保険金として24億4800万円を支払い、同日商法662条保険代位により、本件全日空機機体の損害賠償請求権のうち24億4800万円の限度で、各社の引受割合に応じて損害賠償請求権を取得した。

   2.反訴原告(国)の請求

イ.反訴被告(全日空)は反訴原告(国)に対し、19億3886万6606円及び別表(二)略請求金額欄記載の各金員に対する同表記載の各起算日から完済に至るまでの年五分による金員を支払え。

その内訳

1.訓練生機及びその装備品の損害                1209万4413円

2.全日空機乗客遺族に対する補償及び乗組員に対する見舞金 18億7737万2512円

内訳 ・全日空機乗客遺族に対する補償 和解分152名分、一部和解2名分                                      16億5714万1138円

未和解分2名分    160万円

判決文1名分    5415万1374円

・全日空機乗組員遺族に対する見舞金 7名分      708万円

・全日空機乗組員遺族に対する補償 5名分計   1億5740万円

内訳・航空機関士ドン・ミッチェル・カーペンター 6990万円

  ・スチュワーデス 高橋雅子         2300万円

  ・同       杉洋子          2200万円

  ・同       笹目晴代         2100万円

  ・同       下岡和子         2150万円

3.訓練生機墜落による地上損害補償                 71万3654円

4.乗客遺族補償業務に要した経費                1863万 128円

内訳・交通費等229万4015円
・宿泊費等751万3035円
・事務費499万1881円
・超過勤務手当150万2025円
・航空機運航に要した費用40万3786円
・車両運行に要した費用185万8196円
・雑費6万7190円
5.県及び市町村支出金の弁済          3005万5899円

◎1.訓練生機及びその装備品の損害については、民法709条、715条に基づき損害賠償請求。

◎2.全日空機乗客遺族に対する補償及び乗組員遺族に対する見舞金〜5.県及び市町村支出金の弁済(計17億6937万2193円については、民法650条、702条に基づき費用償還請求、もしくは不当利得返還請求権、共同不法行為者間の求償権に基づき請求。

◎以上、1.については事故発生の翌日である昭和46年7月31日から完済まで、2〜5までについては別表2(略)記載の各起算日から完済まで年5分の遅延損害金の支払いを求める。

 第2節 争点


 読者の混乱を避けるため、原文中原告・反訴被告とあるものは全日空あるいは全日空側に、被告・反訴原告とあるものは国と統一して表記した。なお、各主張は筆者による要約である。(36.についてはいわゆる約款論であるため、極力詳細に記した。)

1.自衛隊機の飛行経路について午後2時直前に教官機訓練機が訓練空域を離脱し、J11L及び飛行制限空域に侵入したかどうか
 全日空側:離脱・侵入した。自衛隊機の飛行経路として図面5ー1を提出。

 国:離脱・侵入はなかった。自衛隊機の飛行経路として図面8を提出。

2.全日空機の函館NDB通過後の飛行経路について
 全日空側:全日空機搭載のフライトデータレコーダーの記録に風速風向等の観測データによる修正を為した結果、松島NDBに向けて飛行していたことは明らかである。

 国:バッヂシステムによるカラーデータフィルムの解析結果、全日空機のコース表示器のヘディングカーソルの指針、全日空機の機首磁方位及び偏流修正角に基づく推定によると仙台VORに向けて飛行していたことが窺える。

3.空中接触地点について
 全日空側:全日空機垂直尾翼上部方向舵のサーボ機器の落下点を基礎とした弾道計算による推定、フライトデータレコーダーの記録、事故目撃者の供述内容から、図面2長円形の上空28000フィートと推定される。

 国:1、2の飛行経路、焼砂供述、西山供述、訓練生機の落下傘の落下点を基礎とした落下軌跡計算による推定では、図面2E(丁度自衛隊訓練空域内に当たる)の上空28000フィートと推定される。

4.事故3分前から接触時までの相対飛行経路について
 全日空側:全日空機左水平尾翼の上面及び下面に付着した赤色の線や摩擦条痕から接触時の交差角は5度ないし10度推定される。図面5ー1、5ー2(政府事故調査委員会作成)を提出。

 国:全日空側の主張を一度認めたが一転して否認し、市川の全日空機視認状況に基づく推定により、事故10秒前から接触までの独自の相対飛行経路として図面9を提出し、両機の交差角を1.74から0.81度とした。

5.前記4について国の一度認めた後の否認行為について
 全日空側:該相対飛行経路は主要事実であり、自白の撤回には意義がある。

国:4を認める旨の陳述は錯誤によるもので陳述を撤回し否認したに過ぎない。相対飛行経路は間接事実であり何等問題はない。

6.接触時刻について
 全日空側:全日空機操縦者のブームマイクの送信ボタンの空押しにより生じた雑音記録の解析に基づく推定、全日空機機長の通話の最後の絶叫に基づく推定によれば、2時2分39秒頃。

 国:全日空機操縦者のブームマイクの送信ボタンの空押しにより生じた雑音記録の解析による推定、全日空機機長の通話の最後の絶叫に基づく推定、隈の緊急通信開始時刻に基づく推定によれば、2時2分31秒頃。

7.我が国の航空管制について
 全日空側:高高度管制区(24000フィート以上)においてはルート管制が一次的なものでエリア管制は二次的なものに過ぎない。

 国:一次二次的役割については否認。

8.ジェットルート及び保護空域の意義について
 全日空側:ジェットルートとは航空保安施設上空相互間を結ぶ常用飛行経路だが、航空保安施設(NDB)の電波の誤差、航空機の受信装置(ADF)の誤差に備えて両側8.7海里(16km)の保護空域をもっている。また、航空路、ジェットルートがこのように誤差に備えた幅を要することは、官民を問わず全てのパイロットの常識であった。

 国:ジェットルートは線であり、航空路のように幅や空間は有しない。保護空域は航空管制の必要上定めているに過ぎない。

9.航空情報としてのジェットルート及び保護空域の公示性について
 全日空側:ジェットルートは、国の権限に基づき出版された航空路誌(A・I・P)に航空情報として公示されたものであり、保護空域は運輸省発行の管制業務処理規程に明定されており、自衛隊民間の各航空関係者に一般的に配布されたものであり、公示はなされていなかったものの、保護空域を含め管制基準は防衛庁にも通知されており、航空自衛隊以外に高高度管制区において、非巡航の有視界飛行方式を行う航空機は存在しなかったから、もともと保護空域の公示の必要はなかった。

 国:ジェットルートは、航空路のように運輸大臣の告示によって公示されるものではなく情報出版物によってなされるに過ぎない、また保護空域は公示されていないし、それが規定されている運輸省内規が、航空関係者に一般的に配布されたこともない。

10.ジェットルートJ11Lの飛行頻度について
 全日空側:本件事故当時J11Lを常用していた定期航空便は1日29便で何れも南行便であった。このほか自衛隊や米軍も利用しており、一時間当たり4便から3便の利用度であり飛行頻度は高かった。

 国:J11Lの飛行頻度は、一時間当たり2から3便程度の利用度に過ぎず、羽田・大阪空港周辺が、一時間当たり数十便の飛行頻度であることからすれば、低かったといえる。

11.機動隊形の飛行訓練の危険性について
 全日空側:編隊機間の幅が横5000〜8000フィート、高度差2500〜3500フィート、縦5000フィートと大きく離れており、旋回半径は4〜5マイルという広大な空域を要し、さらに教官機は訓練機の誘導監視などに注意力をそがれ、訓練生は教官機に追従するのに注意力の大半を使うため、衝突の危険性は極めて大きい。

 国:全日空らの主張は空間の無限性と時間的推移を忘れた机上論であり、必要な空域はせいぜい編隊の幅に過ぎない。教官機は自機の進行方向にさえ注意すれば、訓練機は数秒後には教官機が確認した空域に入って来るため、教官機が誘導などに注意力を使ったからといって、他機への注意力が低下することはなく、危険性は大きいものではない。

12.機動隊形の飛行訓練の航空法規違反について
 全日空側:ジェットルート内での編隊飛行訓練は、曲技飛行を禁止した航空法91条、粗暴な操縦を禁止した同85条、航空管制区における操縦練習を原則禁止した同93条に違反する。また、同87条同法施行規則177条により、各飛行方式で高度差を設け、計器飛行方式と有視界飛行方式の航空機の衝突防止を図っているのだから、ジェットルートに入る場合は訓練をやめ水平定常飛行すべきである。

 国:航空法91条はジェットルートには拘束力がなく、また編隊飛行訓練は曲技飛行でも粗暴な操縦でもない。同93条は、運輸大臣と防衛庁長官の協議の上独自の基準を定めており、自衛隊には適用がない。

13.松島派遣隊の訓練空域及び飛行制限空域の設定について
 全日空側:訓練は図面3の「横手」「月山」「米沢」「気仙沼」「相馬」の各訓練空域のみで行い、さらにジェットルートJ11Lの中心線の左右5海里、高度25000から31000フィートの空域では、飛行訓練はやむを得ない場合を除き実施しないものとすると松島派遣隊飛行準則には記されている。

 国:訓練空域は、同時に数組の訓練を行うにあたり、各組の使用空域の割り当ての便、指揮掌握の便などを主眼としたもので、局地飛行空域内(図面3−2)であれば訓練空域外でも支障はない。

14.松島派遣隊飛行訓練準則の法的効力について
 全日空側:法令上の権限に基づき制定されたものであり、従って該訓練準則に定められた飛行制限空域には法的根拠がある。また、仮に法域根拠がなくとも条理上守るべきである。

 国:法的根拠に基づくものではなく、自主的に設けた内部規律によるものであり、一般に公示されたものではなく、従って該訓練準則に定められた飛行制限空域は守らなくても法令上の規制に触れない。飛行制限空域は航空法80条に定められた飛行禁止空域とは別のものである。

15.有視界気象状態における飛行方式(IFR・VFR混在)における事故防止策について
 全日空側:IFR機は、国の航空管制によって他機との安全に必要な間隔を設け、定められた経路と高度を飛行することにより他機との衝突防止が図られているのに対し、VFR機は他機の発見、安全間隔の設定、安全な経路高度の決定を全て自己の責任において行わなければならないものであり、VFR側が重き責任を負う。

 国:有視界気象状態においては、計器飛行で飛行してはならず(航空法94条)、IFR機にも見張り義務はあり、飛行方式の差はなく、全ての操縦者が平等に負う。

16.ジェットルートJ11L近傍における見張り義務及び衝突回避義務について
 全日空側:機動隊形の編隊飛行訓練は上昇降下、左右の旋回が連続して急激に行われ、民間機が遭遇した場合、当該自衛隊機の行動予測は不可能であり、また、民間旅客機は高速大型化しているため小型機に比べ回避に時間を要し、また多数の乗客の安全を考えれば、急速な回避操作は困難であるから、自衛隊機側にその大半がある。

 国:編隊飛行訓練は決して急激な変化をする飛行でもなければ、変幻自在の飛行でもなく、民間機操縦者にとって行動予測を為すことは可能である。また、回避の難易は航空機の大小によって決するものでなく、さらに、回避操作によってもたらされる危険により回避を躊躇して、より重大な危険を招来する事は許されない。故に、全ての操縦者が平等に負うものである。

17.編隊飛行訓練における見張り義務について
 全日空側:教官機は、自機の航行の安全のための見張りのみならず、特に訓練機の見張り義務を補う必要があり、厳重な見張り義務を負う。

 国:教官機は通常の見張りでよい。(11.における主張の通り)

18.教官機から全日空機の視認可能性について
 全日空側:教官機訓練生機は小型のジェット戦闘機であり操縦席はオープンで、バックミラーを備えるなど、他機を発見しやすい構造、機能を有しており、図面5相対飛行経路によれば、衝突2分20秒前、あるいは少なくとも44秒前には視認し得たはずである。

 国:少なくとも事故前10数秒間は左旋回を継続していたことから、全日空機は遥か右後方の死角又はそれに近い位置にあり、視認は極めて困難であった。

19.訓練生機から全日空機の視認可能性について
 全日空側:衝突2分20秒前、あるいは少なくとも44秒前には視認し得たはずである。

 国:全日空機は衝突10秒前から接触直前まで終始右真横より遥か後方に位置し、視認は極めて困難であった。

20.隈及び市川の衝突予見可能性及び衝突回避可能性について
 全日空側:全日空機は一定の高度を一定の速度で水平定常飛行していたのであるから、容易に予見でき、また編隊は小型のジェット戦闘機であり、運動性は十分で容易に回避できた。

 国:視認可能性がない以上可能性は論じ得ない。

21.機体交換価格について
 全日空側:本件事故当時取得後4ヶ月で新品同様であり、本件全日空機の価格は取得価格である24億8224万3534円を下回ることはなく、また事故機と同型のボーイング727型機は需要が高く、事故機と同程度に使用した飛行機を取得することは絶対に不可能であり、原状回復には新造機を購入する他に方法がなく、故に事故時の新造機の価格27億円であると言うべきである。

 国:取得価格から定率法による減価償却(大蔵省令に基づき耐用年数は7年に設定)が妥当であり、さらにそこから残骸価格を控除した21億8291万5624円が損害である。

22.全日空主張の信用毀損による営業上の損害について
 全日空側:本件事故により全日空の信用が毀損され、団体旅客運送契約は取り消され、定期航空便の利用客は1カ年に渡って激減し、少なくとも計10億6658万3000円の損害を被った。

 国:全日空は朝日新聞記載分だけでも、昭和46年1月から11月までに19件の事故を起こしており、全てが本件事故と相当因果関係を有するとはいえないし、取消分についても取消手数料のもらえるケースもあり、旅客減については統計手法に誤りがあるから、相当程度の減額が為されてしかるべきである。

23.全日空主張の事故処理関係費用相当の損害について
 全日空側:合計1億2257万2188円

 国:遺体処理費用と消耗品費用・法要費用と遺体処理費用と謝礼金・事故処理作業員費用と交通費と宿泊費と食費・出張関係費と交通費と宿泊費と食費、これらの間に一部重複の疑いがあるので、一割以上は減額すべきである。さらに、法要費の一部、衣料費全部、消耗品費の一部、新聞掲載費全部とその他の費用全部については本件事故との相当因果関係に疑問があるので減額すべきである。

24.全日空主張の遭難者見舞金について
 全日空側:遭難者の遺族に対し損害賠償義務を負う被告のために事務管理として立て替え支払ったものである。

 国:支払いの事実は認めるが、それ以外は争う。

25.全日空主張の遺体収容所の修復費について
 全日空側:179万1888円 

 国:過大支出の疑いがあるので一割以上減額すべきである。

26.全日空主張の山林補償について
 全日空側:238万8515円。山林地主31名の被害について被告の委託により立て替え支払ったものである。

 国:支払いの委託については否認する。仮に支払義務があるとしても過大支出の疑いがあるので一割以上減額すべきである。

27.原告全日空の損害賠償請求権と保険会社10社の保険代位について
 国:否認する。

28.全日空機操縦者らの過失について
 全日空側:否認する。

 国:衝突コースにあった訓練機を早期に発見し回避操作すべき注意義務を怠り、漫然と優速で直進し、訓練生機に追突し本件事故を惹起させた。

29.全日空機からの訓練生機の視認可能性について
 全日空側:巡航中といえども操縦士は計器気象等の点検に追われ、十分な心理的余裕があったとはいえない。国の主張する相対飛行経路は市川の目撃状況に依拠しており信憑性がないので、これを前提に視認可能性を論ずることはできない。全日空主張の相対飛行経路によれば、全日空機の注視野である左60度以内に入ったのは衝突4秒前であった。なお訓練生機は上下前後に非定常運動を行っており衝突コースにはなかった。 

 国:全日空機が午後1時50分頃巡航に入った後は、自動操縦装置で飛行しており、特に操縦操作や計器チェック等を必要とする状況ではなく、十分に心理的余裕があった。国主張の相対飛行経路によると、少なくとも接触10秒前には、訓練生機は全日空機にとって最も見やすい位置にあり、その上典型的な衝突コースにあり、方位及び視角の大きさからして全日空機操縦者等は訓練生機を容易に視認することができた。仮に相対飛行経路が全日空の主張の通りであっても接触前20秒以降は視認は容易であった。

30.全日空機操縦者らの衝突予見可能性について
 全日空側:訓練生機が衝突コースになく全日空機操縦者らは訓練生機の飛行経路を予測できなかったので予見可能性はあったとはいえない。 

 国:全日空機は訓練生機を容易に認識できたのみならず、訓練生機は典型的な衝突コースにあり、衝突の危険の切迫を予見することができた。

31.全日空機操縦者らの衝突回避義務について
 全日空側:有視界気象条件下であっても衝突回避義務についてはVFR機に絶対的な責任がある。また定期航空便においては戦闘機と異なり、各種各様の乗客を安全に輸送しなければならない義務があり、急激な回避操作を極力避ける責任がある。また接触直前の全日空機と訓練生機の位置関係からすれば、全日空機に進路の優先権があり、訓練生機において専ら衝突回避を行うべきである。 

 国:衝突の危険が目前に迫った場合には、その危険を回避すべきことは当然の責務であり、大型機であるが故に回避しない道理などあり得るはずもない。

32.航空機の衝突回避操作による機体反応について
 全日空側:国の主張するパイロットの目視能力のデータはYS11型機によるものであり、本件全日空機にはそのまま当てはまらない。さらにこの実験データは最良の条件における最小の所要時間であり、平均的操縦者においてはさらに時間を必要とする。機体反応については自衛隊のC・1輸送機によるものであるが、C・1はボーイング727型機と比較するまでもなく操縦性能運動性能とも優れているので、該データは全日空機に該当しない。 

 国:パイロットが視認してから回避動作を完了するまでに要する時間は3.44秒であり、機体反応に要する時間は、1.0秒である。故に合計4.44秒を要し、さらに、訓練生機を視認していた場合には視認に要する1.04秒が不要なので3.4秒を要するのみである。

33.全日空機が衝突を回避するのに要する移動距離について
 全日空側:国の主張は机上の空論に過ぎない。 

 国:上方に回避するのであれば14メートルから15メートル以上、下方であれば6メートルないし7メートル、右旋回であれば23メートルから24メートルの移動で足りる。

34.全日空機操縦者らの衝突回避可能性について
 全日空側:国の主張は、先の32.33.の通り前提を欠き失当である。 

 国:1.3Gで3.6秒間上昇すれば19.1メートル移動でき、また、0.8Gで3秒間降下すると8.8メートル移動できる、さらに1.1Gバンク角25度で右旋回すれば29.1メートル移動でき、これら何れの方法によっても回避可能であった。

35.国主張の訓練生機及びその装備品の損害について
 全日空側:否認する。 

 国:1209万4413円。

36.国主張の全日空機乗客遺族に対する補償について
 全日空側:国が補償業務を行ったことは認めるがその額については不知、支払い委託の事実は否認する。仮に国が主張の通りの金額を支払ったとしても、補償金のうち特別見舞金として支払われた金員は逸失利益、慰謝料、財産賠償等の損害賠償金とは性質を異にし、補償金として支払うべき確たる根拠がなく、国が乗客遺族に対し任意に支払ったに過ぎないものであり、求償に応ずべきいわれはない。仮に、国が乗客遺族に対する補償として支払った金員につき、全日空に何らかの支払い義務があるとしても、国が乗客遺族に対し、乗客一名につき615万円を超えて支払ったものについては、全日空には、以下の通り支払い義務はない。すなわち、全日空の本件事故当時の国内旅客輸送約款によれば、旅客の死亡について生じた損害に対し、全日空が賠償の責めを負う場合の賠償額は旅客一名につき600万円を限度とし、手荷物、装着品について生じた滅失毀損等に対し、全日空が賠償の責を負う場合の賠償額は、旅客一名につき15万円を限度とする旨定められており(約款47条)、従って、全日空は乗客遺族に対し、乗客一名につき合計615万円を超える額については支払い義務を負わないものである。なおこの約款は、責任制限額につきハーグ議定書に従い、運輸省の許可を受けて制定されているものであるが、その制定理由は、公共性の強い航空運送の確保と、その健全な発展を期するために、事故により負担する賠償責任を限定することにあり、約款第47条の責任限度額の定めは、事故を原因とする債務不履行に基づく請求は勿論、不法行為その他法律構成の異なる請求にも全て適用があるものである。また右条項は、制限額を超える損害を免除する規定であるから、共同不法行為者間の求償に関しても民法437条の準用ないし類推適用があり、国のためにも債務免除の効力が生じており、その限度で全日空の負担額も減少しているものである。

 航空運送約款における責任限度額の定めが、その額の如何によっては、公序良俗に反し無効となるべき場合があるとしても、それは責任制限条項を認める実質的な根拠たる航空事業の保護育成の範囲を超え、企業がその優越的な地位を利用して、事実上これに対抗し得ない乗客に対し、不当な不利益を課することになるような場合に、初めていいうることであって、軽々にその無効をいうべきではない。本件事故当時の約款における責任限度額615万円が著しく低額であると決めつける根拠はない。

 1966年(昭和41年)に成立したモントリオール協定は、米国がワルソー条約の破棄を通告して同条約からの離脱を策したのに対して、米国内の地点に路線を持つ航空会社が、そうなった場合には常に無限責任を負う危険に曝されることになるため、米国をワルソー条約体制内に止めようと意図して、米国航空局と各国民間航空会社間で暫定的に締結した協定であって、その内容は、米国を発着地とし又は米国に予定寄航地を持つ旅客運送についてのみ、責任限度を、訴訟費用を含む75000ドル又は58000ドルに訴訟費用を加算した額とすること、条約20条1項を援用せず無過失責任を負うことを定めたものであり、この協定の成立によって米国はワルソー条約の破棄の通告を撤回した。従って、右協定はあくまで米国だけに関連して暫定的に定められたものである。またグァテマラ協定は、モントリオール協定が応急措置であったため国際民間航空機構がワルソー条約の全面的見直しを行い、1971年に成立したものであって、これにおいて責任限度額は弁護士費用を除いて10万ドルと定めているもののあまりに高額なので我が国を含めて大多数の国は批准しておらず、発効要件の30カ国の批准を得ていない。しかも、グァテマラ議定書は無過失責任主義を掲げ、反面航空業者側に故意・重過失がある場合でも責任限度額の定めが適用されるものとし、過失責任主義を前提に、故意・重過失があるときには責任限度額の適用を認めないワルソー条約あるいは国内運送約款とは責任限度額の意味を異にするものであり、本件責任制限額の定めの反公序良俗性を判断するにあたり、グァテマラ議定書の責任限度額を根拠とすることは的外れである。

 国の主張のように、自動車事故の高額な事例と比較するのは誤りである。高額な例のみを比較して検討するとなれば青天井を容認し、航空会社は高額な賠償金に対応するためより高額な保険を付し、航空運賃の高騰をもたらすことになり、公共性の大きい航空交通の維持を困難にする。

 全日空の定める約款は、ハーグ議定書の定める限度額と同じであり、主務大臣の許可を得ていた。航空法106条は、運輸大臣が運送約款を認可するには、約款が公衆の利益を害するものではないものであることを条件とすべき旨を定め、同法112条は、定期航空運送事業者の事業について公共の福祉を害する事実があるときは、運輸大臣は、運賃とともに運送約款の変更を命ずることができる旨定めている。国は、遺族に損害賠償をなすに当たって本件約款の存在と、これが公共の利益を害しないことを前提としていたものといわざるを得ない。

 国:全日空機乗客遺族に対する補償は、全日空の支払い委託に基づいてなされたものであるが、全日空は国に委託するに際し、前記運送約款の責任限度額の範囲内において委任するとか、運送約款の規定に従い求償に応じるとかの条件を一切付していないから、全日空の抗弁は理由がない。また、当時における航空機事故等の損害賠償の実情に照らしても、右支払い委託が運送契約上の責任制限額に限定されないものであったことが明らかである。すなわち昭和41年に発生した全日空機松山沖事故等の実質的な損害賠償額は、500万円ないし800万円に達しており、当時の運送契約上の責任制限額である315万円を大きく上回っていたこと、昭和46年3月国際運送についてのワルソー条約に根本的改正を加えたグァテマラ議定書が成立し、国際的な人身損害補償の水準が10万ドル(当時の3600万円)まで高められたこと、昭和46年7月3日に発生した「ばんだい号事故」においても、東亜国内航空は、一般男子1200万円、一般女子1000万円、70歳以上の老齢者900万円、2歳までの児童750万円、一人当たり平均額1080万円をもって損害賠償の処理を進めており、その直後に発生した本件事故の損害補償が右「ばんだい号事故」の基準を下回ることは強い社会的非難を受ける状況にあったこと、以上の事情の下では、国が乗客遺族に対し、一般男子1215万円、一般女子1015万円を基準に損害補償をなしたことはやむをえないことであり、また金額も相当なものであった。仮に、前記運送約款の責任限度額の規定が有効であるとしても、本件事故は全日空の重過失により生じたものであるから、右責任限度額の規定は適用されない。ちなみに、ワルソー条約やハーグ議定書においても、故意ないし重過失に相当するような場合には、責任制限の規定を援用し得ない旨の規定がある。

 全日空主張の運送契約における責任限度額の定めは、その額が著しく低額に失し、全日空の保護に偏し、被害者の保護に著しく欠けるものであって公序良俗に反し無効である。発効していないとはいえ、1971年(昭和46年)3月にグァテマラ議定書が成立したのは1955年(昭和30年)のハーグ議定書の定める責任限度600万円が世界の趨勢にかけ離れていたに他ならない。世界の趨勢の基準については議論の余地があるにせよ、少なくとも先進諸国の生活水準に照らせば、ハーグ議定書決定から16年を経過した当時において、600万円の責任限度額は極めて低額となっていたといわざるを得ない。米国がワルソー条約の破棄を通告し、モントリオール協定を成立させた理由もそこにあり、また、ひとり米国だけが世界の基準から離れていたわけではなく、他の先進諸国においても事情は同様であって、そのため被害者において限度額の適用を回避しようとする傾向が生じたのである。本件事故当時の日本と米国の一人当たり国民所得の比率は1対2.4であるのに、ハーグ議定書の責任限度額とモントリオール協定のそれとの比は1対4.5であり、ハーグ議定書の定めと同額の本件運送約款の責任限度額が著しく低額であることが理解される。

 自動車事故との対比においても、昭和46年中に提訴された事件の裁判例をみても、一般通常人でも賠償額は600万円を大幅に上回っている。したがって運送約款の600万円の定めは決して最高限度額を意味せず、賠償額の最低限を画する機能あるいは交渉の出発点としての基準を示したに過ぎないものというべきであって、航空会社の事業の保護育成という要請を考慮しても、今日の航空会社の企業実態からして、なお適正な責任限度額ということはできない。

 また損害賠償額は、名目のみでなく実質としてみるべきで、特別見舞金や葬祭料等も損害賠償の一部と考えられるべきである。

37.国主張の全日空機乗組員遺族に対する見舞金について
 全日空側:見舞金支払いの事実は認めるがその余は不知。

 国:708万円

38.国主張の地上損害補償と乗客遺族補償業務に要した経費について
 全日空側:国が補償業務を行ったことは認めるがその余は不知。

 国:計1934万3782円

39.国主張の県及び市町村支出金の弁済について
 全日空側:岩手県近隣市町村、静岡県富士市等が遺体収容等の事務処理を行ったことは認めるがその余は不知。

 国:3005万5899円

40.国家賠償法1条に基づく責任
 原告全日空らは一審東京地裁では、隈と市川の過失に基づく請求のみをなしていたが、二審では加えて運輸大臣、防衛庁長官、松島派遣隊の安全確保義務違反を主張した。

41.国家賠償法2条に基づく損害賠償責任
 全日空らは第2審で新たに空が自然公物であること、ジェットルートが営造物であること、及びその管理の瑕疵を主張した。


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(C)1996-2003 外山智士

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