治療の技術向上のため、1997年より気功、2007年より合気を始め、現在にいたるまで、各先生、諸先輩方には多くのことをご指導、また教えていただいてまいりました。
それらを持ち帰り、そして練習をすることで、パズルのピースを一つずつつくり上げていくという作業を繰り返し重ねてきたと思います。
そのパズルのピースをつくる、そして思い描いているパズルを完成させていく過程を記録していくのがこの肉体改造レポートです。
           
    「やれるんか?」   「やれるやろ」  それが合言葉です。                                              2012年5月18日

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2012.5.25  以前、道場で先生に背中に手を当てていただき姿勢を補正してもらった感覚を思い出しながら、最近は各練習に取り組む。道場では首が伸びる感覚だけであったが、それを意識して練習すると丹田、みぞおち辺りにつながる感覚が得られる、それは丹田、背中、みぞおちと三点を結ぶV字的な感覚。その感覚が得られれば必然的というか勝手に首が立ってくる。首が立ってきまると視界が明瞭となる。この背中の位置と後頭部をいじれば、子供の近視あたりは治せれるんちゃうかとも・・漠然と想像。毎度の事ながら、一つのエッセンスが加わる事で今までやってきた各練習の感覚がガラッと変わってくるな。精度が高まる分か、それが当たり前になるまで身体はしんどいな ま、一発目はこんなところでよろしおまっしゃろ

5.27 昨日の合気の練習より持ち帰ったものは、開いた手指を指を伸ばしたまま閉じていくというもの。先生と指を合わせ受けた時の印象は、吸い込みながら指、手の平を閉じていっているという感じ。これを自分で、吸い込みながらやるバージョンと吐き出しながらやるバージョンで試してみる。吐き出しバージョンは指、手の平、前腕に強い張りと緊張感が伴うが、前からの圧に対しては、しんどい、吸収性が無い、つまり弱い。吸い込みバージョンは指、手の平、前腕に張りはあるものの柔らかさクッション性があり、前からの圧に対しても余裕を以って受けられる。これは、治療時における、いわゆる、うける、うけないというモノに通ずると、ふと、勝手にひらめいた。間違ってたら気付いた時にレポートします

5.30 吸い込みを意識して練習すると、いやー、ほんま、今までやってきた練習の感覚が、全く別モンの代物になった。これは年単位レベルの獲物やで。いろんなモンにつながる気がした。勘違いでも構わん。これはいろいろ試してすり合わして、ほんで確認や

6.5 ここで書いている“吸い込み”という表現は自分の感覚では呼吸の吸気のような感覚。前述の先生と手を合わせた時の感覚は先生の労宮に吸い込まれるような感じであった。この感覚を自分で再現した場合、「これが労宮、虚という状態ちゃうんか」と。ちゃうか?その後、湧泉などその他数箇所で同じ感覚を再現、確認。しばらく継続確認や。それと先日の道場練習で気付かされたモノは身体の前後の関係と、骨盤時計練習の必要性。失礼しやした。

6.7 今週は身体が、がくがくビシビシぱっつんぱっつんでしたが、下腹部の押し、後頭部の押し、仙骨の押し、前頭部の押しを意識して繰り返し繰り返し剣を正中を意識して振り下ろしてたら、首がすっかり楽になったな。う〜ん、そこそこ衝撃や。いい位置に納まってきたら自然と違和感、痛みも治まってくるか。治療もどうしたろこうしたろというよりは納まるべき所に納まるように、とすればええということか。今まで腹、後頭部、仙骨、前頭部の意識無く練習してその気になってたが。ま、それが俺の過程やったということや。とりあえず、ベム的に言えば、「早く人間になりたい!」というところやな。意味伝わるか?。前向きにいこ

6.11 いろんな部位で吸い込みを確認しているが、天突から後頭骨への吸い込みを行うと首が柔らかく緊張少なく伸びる。これを剣をふりかぶった状態で @後頭骨の押しA下腹部の押しB仙骨の押しC前頭骨の押しD頭頂骨の押しE天突から後頭骨への吸い込み このサイクルを自分なりの首の伸びる限界まで繰り返し、剣を下ろす。2Kgの棒を使っているが、ふり下ろしている過程において、以前までは感じていた棒の重みを腕に感じない場合が何度かあった。これは道場で先生に顎と後頭骨を補正してもらいながら引き上げられて、手を握っている相手が重み無く引き上がってくる感覚、状態と通ずるもんがあるんとちゃいまんのんでっしゃろかいな!とひらめいた。これはしばらく継続検証や。人間忙しいな

6.17 比較的長い間、相手を持ち上げる事がどうも上手く出来ないというか、出来そうな感覚が身体になかった。それを鼠経部のくわえ込みが浅いぶん、奥行きが無い為だと自分なりに解釈していた。昨日の道場の練習にて先生に「尻をしめて、尻をあげて、尾骨をあげて、第五腰椎を入れる」と指示をいただき、まだ甘いなりに、相手を浮かせれそうな気配を感じた。それは鼠経部の奥行き感という面的なブツというよりは、原動力源と相手との・・、付き気味の着かず離れず感。「直結では無い」と脳がゆずりまへんねん。さてさて、ほんでもってや。先生の「骨盤時計に始まり骨盤時計に終わる」との言葉を以ってすれば、自分はまだ始まって無かった。つなぎのタイツ着てベロからやり直しや。

6.19 大腿骨頭が、カツッ とはまるところで、ほんで剣を振り上げたら、狭い幅でスムーズに上がったな。あまさと臨界点とさらなる臨界点とそのまたさらなる臨界点・・ これに半立ちになれたらしめたもんやという事やな。あと、骨盤時計やったら眠たくなって寝てまうわ。やり方の問題か?横なったらすぐ寝るという従順さと、起きてる時は常にツッコめるもんを捜しているという反逆性で、バランスとって生きてるみたいです

6.24 さてさて 大腿骨頭 カツッやけど、以前は力で締めて寄せていたが、カツッは比較的ソフトにその位置にもっていき、ややラセンで押し込む感じかな。それがエエ感じでおさまってくると、それと同時に骨盤が立ってくるというよりは近づいてくる、仙骨が近づいてくる?ような感じやな。ほんで今なりのMAXまでいくと薄筋を弦のように張れる気がしたな。これは23日の道場練で感じたな。あと、今回ゲットした課題は、七段階の呼吸もありの呼吸全般やな。手土産ある時は よっしゃ いうとこや。

6.28 別の切り口 大腿骨頭 〜 立位にて足の裏の一点を意識してそこに身体の重みをかける。すると床からの反作用の力が返ってくる。この力を意識したままゆっくり大腿骨頭を締めていくと、ある締めの位置にくると、足の裏一点から顔と耳の付け根辺りを縦に抜けるラインが出現すると共に身体が立ち上がってっくるな。このラインは太極棒の真ん中の割れ目の通るラインと一緒やで オレ的には。骨頭ちゃんの位置は、右向いてるおっさんと左向いてるおばはんを会話させる子供の存在みたいなモンやな。

7 10 右腕を前に伸ばして左足を後ろに伸ばす。あるいは、右腕を横に伸ばし左腕を横に伸ばす。釣り合いが取れていれば身体はその場で止まる。この身体の中の‘引きわけ’は興味深い。一見同じ立ち姿でも、身体の中で‘引きわけ’を作っている時と、そうで無い時では、随分、身体の状況はかわる。テンションと中心点。いろんな所で確認や。

7.22 昨日の練習後の帰りの電車で、妙に視界が鮮明になってる事に気付く。昨日の練習では結構投げられる事が多くて、それが三半規管を刺激したからか? それとも、順番を待ってる時に足裏からの反作用で上半身が反転するような骨頭の位置を探りながら足踏みしてたからか?もしくは他の要因か? 最近は骨頭の位置と体内での引き分けを意識して練習しておます

8.18 引き分け。身体のいろいろなところで引き分けを意識する。肩と肩、百会と会陰、頭骨と第一頚椎、第五腰椎と第四腰椎、大腿骨頭と大腿骨頭。それなりの新しい感覚を確認する。長く噛み合せのおさまりが悪くどうしたもんかと思っていたが、顎の関節を上下に引き分ける事にひらめく。噛み合せの感覚がかわる。人間の身体とは、複雑にして単純か。変え難くも変えられる可能性は十分あるようです

8.24 今週の自己練でひらめいた事は、@治療時に患者さんの背後を広げれるような事が出来ればエエんやないかと。意識というか空間的というか。具体的方法はまだ未確立やけど。Aあと、反作用というもんが気になったな。これは身体がどんな状態にあっても、身体の何処かしらには存在してるというか。それをどう利用するのか出来るのか。引き分けの次は・・、反作用のようですわ。テーマがあるという事はありがたいコトやな

8.30 足の甲のいわゆるあのポイントを意識(決める)すると、横軸の左右の幅が決まるな。剣を振るにしても、練習で手を挙げて広げるにしても、この幅の範囲内で納まるというか、その幅から出にくくなるな。あと、丹田の感覚と、首の後ろから後頭部に掛けての部分は何か関係あるんか?MBS第10回漫才アワードの決勝に残った同期インディアンスはおしかったな。今日はこんなところです

9.3 昨日TVで見た外科医の先生が、肩の力を抜く為にかかとを浮かしたまま立ち手術を行っていた。足の指の状態は分からなかったが、本日の練習の一つの要素として取り入れた。チェックポイントや制限が増えてくると、それなりに新しい感覚を感じられる事がある。反作用の検証で足をあれこれ意識しているのでエエ要素が加わったな。“合気の身体になれるかもしれない体操”の@ロッキングチェアーとかぶってる部分があるような気もするが、とりあえず継続検証や

9.16 足の重心位置を意識して親指を反らし踵を浮かせ、いわゆるあのポイントを意識する。すると足のかなり限定された場所に感覚が集約される。そうすると上半身へのつながり感が明瞭となり、体のさばきや動きがコントロールし易くなった感があった。長い休み中の継続検証事項に昇格とさせてもらいますんやわっ。ま、股関節のたてかえ、キリかえしもな

10.12 気功の功法の腰縁帯脈(ようえんたいみゃく)をやりながら、特に股関節の動きを意識しながら、手と股関節を連動させる。すると、仙腸関節から仙骨にかけて、なんとも言えない新感覚の快感が出現。「気持ちええのぉー、おぇっ!」 山の中で一人でつぶやきながらそのまま動きを続けていると、後頭骨に新感覚が。「はっ、はぁーぁ!」 仙骨を立てたり倒したり押し込んだり浮かしたりしながら後頭骨と身体に出現する新感覚を確認しております。脱法ハーブより腰縁帯脈ですよ!皆さん

10.17 鎖骨を下げて、中をおとしていく。おとし先は丹田だけか?足裏や会陰、三陰じゃあかんのか?昨日練習しててふと思た。とりあえず検証事項やな。

10.18 足までおとすと何にも無くなって、ただの立ってるおっさんになるな。会陰におとすとすっきりとした心地よさはあるが、0(ゼロ)化さてれてしまう感があるな。丹田辺りにおとすと、とまるというか剣でいうところのモノウチにのっていきたい時にのっていける感があるな。その他、今日感じた事は、仙骨は身体にある司令塔の中の一つやなと思った。 どんっなモンじゃいー!(亀田風)

10.21 仙腸関節と鼠経部を意識してスワイショを行う。回転のスワイショをしている時に足の陰経に心地良い清涼感が上がってきて頭部の幅より細い縦軸が出現。身体全体も心地良くなる。普段の練習なら1時間半程かかる開放感が、わずか20分程のスワイショでそこまでに到る。正中線をなぞる動きを数分行い再びスワイショへ。すると、地面と接する足裏がソフトになる感覚が出てきて、そしてあたかも仙腸関節で立っているかのような感覚となった。身体にはまだまだ未開発の資源が眠ってるようですわ みな皆さん

10.23 引き続き仙腸関節と鼠経部を意識した練習をしていると、仙腸関節の2本の縦ベクトルが後頭骨(風池)辺りを下支えし首が立つ感覚が出現した。そして一連の練習感覚から自分なりの立位における足幅のヒントを得る。また、気功の功法の青龍探爪(せいりゅうたんそう)を、これまでの腕の捻じりの動きを主体としていたものを、仙腸関節と股関節の動きを原動力として練功すると、縮まるタイトな感覚から柔らかく広がりのある感覚となった。 つまりは、Keyを押さえられるかどうか ということやな

10.26 足幅に関しては、足幅にかかわらず、いかに“それ”を出現させるか。それがここ2日間でテーマの一つとなった。

10.27 今日、道場に行く前に考えていた事は、拮抗する動きにも原動力と同等の意識をむけながら、その時存在する境界点、境界線、境界面にも、ひと段階うえのシャープな意識をおけたら、ちょっと違う世界がみえるんちゃうかと。

10.28 足を平行に置くのに対し足先を広げた場合を検証。結論から言うと、広げた場合の方が猿のケツが作りやすい。つまりは、胸郭も上がるし頭も立つ。猿のケツに関連して言うならば第五腰椎も入ってくるか。ただし、おれ的には、仙骨が締めやすい そしてそれに関連して出現する新しい体感の方が衝撃かつ新鮮やった。先生が帯を下腹部と仙骨に巻く意味が少し垣間見えたか

10.30 足先を広げた方が腹の深い所(ええ所)におちる感じがしたな。

11.6 骨盤時計は丹をつくる為の鍛錬法でもあると感じた。あと、張宇氏の外丹功の映像を見て思った事は、張宇氏の後ろの人は型をきれいに行っているが、カクカク感、途切れる感がある。それに対し張宇氏は足先から指先までスムーズにベルトコンベヤーが流れて行くようであった。映像ではあったが、その後の自分の練習に大いに影響を与えてくれた。その他、張宇氏単独の映像で腕がどのような動きをしているのかを注視していたら、おっさん流れで腕時計見よった。「時計かいっ!!」とツッこむ前にふき出してもうた。負けた。張宇のおっさんの方が俺より上やと認めた 45の夜

11.8 今日は久々に、首を支える2本のラインが出たな。足指、足裏、足のポイント、股関節、呼吸、鎖骨と、繰り返し反復練習してたら出て来よった。そのうち自分が出したい時に出せるような気がしたな。

11.12 太極棒を前に出す時、あるいは剣を振り下ろす時に、肘を伸ばしきると背中が亀の甲羅のように硬くなって、丹田の意識も薄くなるな。肘に余裕があると身体の前後の奥行き感と吸収性のある柔らかさを身体に感じられるな

11.13 手のあのポイントをきめると、太極棒を前に出す時も、剣を振り下ろす時も、肘は伸びきらへんな。つまり、肘が伸びきっているという事は、手のポイントをきめてない、きめきれていないとみれるんちゃうかと思ったな

11.21 座標軸を身体の何処から出して、何処を通して、何本出すんか。X軸、Y軸、Z軸は一本ずつである必要は無いわな と思った。どないだ?
(本日その2) 模造刀持って分かったけど、刀を持ってる時、手のあのポイントをキメたら刀の重みが腹にきよるな。キメなかったら三角筋と腕とう骨筋が緊張しよるな。これもどないだ?

11.25 今日練習してる時、ど正面に月があったので、月に向かって意識を飛ばしたら何か返ってきた。なんべんやっても返ってきよったな。出雲パワーか? 意識、距離とは何や?

11.27 手のあのポイントをキメると書いてきたが、そもそも“キメる”てどういう状態やねん!とふと思た。固めんのんかい? 遊びをなくすんのんかい? 押し込むんかい? そない考えたら切り口幾つか思い付いて楽しなってきた

12.4 仙骨がキマれば後頭骨は‘その位置’におさまる。後頭骨単独ではキメ続けられない。仙骨のキメは固めるのではなくて、勝手なイメージでは、浮くがごとく鎮座し下支えする。仙骨と後頭骨がキマれば背骨と上肢は解放される。そうなれば仙骨の原動力が上肢に伝わる。

12.9 昨日の練習の筆のくだりはビッグインパクトやった。墨の付いた筆が半紙をとらえるがごとく相手をとらえ、つなげる。筆の毛は関節も無ければ握る事も出来ひんけど、ちゃんと紙はとらえよるからな。練習の質に変化をもたらすのに十分なmomentであった。

12 16 最近の練習の過程と張宇氏の映像から、練功及び技をかける時などの所作において、いかに頭が上下しないか、これが大きなテーマのひとつとなっている。固めるのでなく、吊るイメージでもなく、どうやら下からの構築があってそれが可能となるようやという体感。いろんな切り口を以って練習を行いそれを確証する。意識してても結構下がりよりまっせ!そやからいうて固めても上下しよりまっせ!。となってきたら、このテーマ、結構喰いつきごたえありまっしゃろ!

12.18 首の立ち様は枝葉であって、固めるモノでも吊り下げるモノでも無く、地中の根の状態を表しているものであった。これを実感した時、自分の根の状態を意識しイメージしたら、戦闘体勢の腹広カマキリの立ち姿の映像が出てきたな。これは、ここいう時に、最速でいくための体勢か。なんやカマキリにシンパシー感じるやんけ

12.20 ジョウの重みを感じるという事は、刻々と変わっていく相手の重みを認識出来るようになる為の練習やな。ジョウの重みを意識せず自分で動かしているという事は、自分の都合で相手を動かそうとしている技と同じという事やな。はわーっ こらぁ大変や

12.25 以前、練習中に空気がパンパンに入ったカンカンのソフトボール大の球体が下腹部に出現した事があったが、以後、出現する事も無く、それに固執する訳でもほったらかしにしてた訳でも無く、なんとなく気配をうかがっていたが、昨日、気功の金鶏トウ翅(きんけいとうし)で出現させれるかもしれんなと感じた。その球体が出現した時の感想は “そら、こんなモンあったら何でも出来そうな気になるわっ!”というものでした。まぁ分かりやす〜言うたら、大人のふりかけの味を知ってもうた みたいなもんですわ。年内出現を狙う!!

12.31 球体は出現せんかったな。新年の入り口のテーマは球体と尾骨幅や。

                     
               
 ** 2013 ** 

1.10 年末年始の練習で分かった事は、自分は骨盤を後ろに傾けながら対象物を手で扱っていたという事。その重みは肩と腰に、そして頭の重みは首と腰にと、非常にネガティブな身体の使い方を長年やってきたという事や。転換期の時がきたぞ。

1.10(その2)肩に力が入っていると相手の重みが腹に伝わらんな。骨盤が締まって無いと相手の重みが腹に集約されへんな。 

1.15 今日の練習で感じた事は、上から落ちてきた物をキャッチする事を想定した場合、骨盤が後ろに傾いている時は、下でそれを受け取る感じやな。それに対し骨盤が立っている場合は、下で受け取る事も可能やけど、対象物を横から捕らえる事も出来そうな気がした。飛んでるモンをたたっ切るには、骨盤が立ってる方が圧倒的にやれる可能性が高いんちゃうか。骨盤立ってるヤツには気を付けろ!

1.24 仙骨や。「骨盤の一部」という解釈でなく、仙骨単体で検証、考察すべきや。以前、司令塔とか土の中の根などと表現したが、こいつの状態一つで身体の中の繋がり感や所作、精神状態まで変わってきよる。ここ数ヶ月、仙骨をフューチャーして練習してきたが、今日、久々に寝ながら骨盤時計したら、そこから伝わってくる感覚がエライ変わってましたわ。仙骨は思てるよりも動きよるみたいやで

1.28 仙骨と後頭骨の関連性は、体感、認識出来た。ここで、仙骨と頭蓋底はどうなんや?練習過程で水平ラインが出てきたぞ。あったらあったで便利そうやけどな。検証は続く

1.30 剣を振る時に右手に力が入って右手主導になってしまうので、握り方の力加減を変えたり、いろいろ思考中だが、昨日、右手と左手の持ち手を入れ換えて素振りしてから順に戻したら、今までとは違う感覚を味わえたな。

2.1 足の裏の皮が気になってきた。足先を少し広げた立ち方と共に検証 とする。

2.7 足先を広げて立つと、股関節の可動域が広く使える分、足裏の皮と接地面との絡みから生じる力が、足を平行にして立っている時のそれよりも大きい(強い)ので、上にあがる力、締める力が増すな。また、股間節、骨盤、仙骨がええ感じで締まると、その周辺の細かい不安定要因が意識から無くなり、しっかりした一つの土台、台座であるかのようになるな。

2.14 知ってはいたが、長く意識もせずほったらかしにしていた、舌先を上の前歯の後ろの歯茎に当てながら練功するという、気功では当たり前の事を、何年かぶりに今日やってみた。首の後ろが伸びるというか立つというか、後頭骨が上がるというか、とりあえず以前には無かった感覚を得たな。

2.18 太極棒を使って練習してた時、強く握らない方がええなと感じた瞬間があった。ただそれが身体のどの状態から、どの部分から来てるのかは認識出来なかった。あと、今日は鏡に映った自分の立ち姿の左半身右半身の境界線がよう見えたな。試しに右の股間節を緩めたら、境界線があいまいになったな。締めて圧を高める練習はしんどいけど心地良さという快感も存在しよるで。確かにな。

2.25 姿勢をつくりノドを広げ(あくびの様に広げる場合と、吐く前のえづきで広がるノドの様子は少し違いがあるようだが)、そして、舌の根の方を天突に伸ばすように、あるいは、会陰まで下ろすような感じを以って、その上で動いてみたら、今までに無い身体の感覚があった。会陰の場合は身体の前後が伸ばし易かったな。

2.28 舌の根の部分を会陰部まで引き下ろすイメージをすると、身体の中に架空の芯が出来るせいか、体表の緊張感が無くなるというか、体表で頑張る必要が無くなる といった感じやったな。芯を出すか。練習中に思ったが、舌は身体のド正中線上にあって自分の意思で他の部位では出来ないくらい大きく自由に動かせる唯一の場所やからな。今日は、こんなもんです。

3.5 肩甲骨から伸筋側を意識して物を持つと、その物の重みが分かり易いな。握り締める感覚も無くなるな。下からの力や呼吸を上肢帯に伝え易いな。あと、ボンの項を開ける、開いた時の感覚をゲットしたいの。

3.17 キム・ヨナと浅田真央氏の滑ってる姿を見てつくづく思った事は、仙骨の入り方が違うな と。仙骨入ってる=第5腰椎が入ってるという事になると思うが、キム・ヨナは仙骨入ってるから頭の位置が必然的に決まるし、その分、軸に張りと高さが出るな。真央氏は仙骨の入りが甘い分、一見、柔らかさとエレガントさというイメージを受けるが、それは、キム・ヨナと比較して、軸の張りの弱さと弱さから想像される軸のフレ、下からの力の伝動のダイレクトさの劣り を生むが故に、明らかな格の違いとなってしまってるんとちゃいますのんか?! 脚に手紙つけてハト飛ばすか?

4.12 太極棒を持ってる時にあたかも肩甲骨で持ってるかのようなイメージをすると、その瞬間に、太極棒の重みが感じられるようになるな。自分が受動的な時は相手からの情報を鋭敏に感受出来るが、自分が能動的になった時に相手の情報を感受しにくくなる。Keyはどこや。骨格か?筋肉か?意識か?模索は続くが、ゆっくりしとるつもりはないで。考えろ 考えろ 考えろ

7.30 仙骨と後頭骨の間の存在が消えたで

8.18 骨盤内の太極棒を動かす。新しいテーマと自分の中に欠けていた要素が分かり、あとはヤルだけ。動きのもどかしさをごく当たり前の動きに出来るか。テーマがあるという事は幸せな事や。

8.19 弓の下を仙骨、弓の上を後頭骨。本物の弓は手で支えて弦を引っ張るからそのテンションを利用出来るが、背骨という弓は何を支えにしてそのテンションを利用するんや?くわえという事やな。くわえが無い身体の状態というのは、伸びて使い物にならんバネみたなもんやな

8.22 股関節、ソケイ部から踵へくさびを打ち込む感じかな。膝と足首は固めずに。それで歩くと薄筋の張りがよく感じられるな

8.23 くさびは踵を通りすぎて地面に打ち込む感じやな。足は平行より足先を少し開いて逆ハの字にした方がくさびのテンションが上半身によく伝わったな。くさびの強さに比例して腕を持ってる相手の恐怖感は高まるな

8.26 ポイントを押さえながら歩法をすると、突っ込み過ぎず遅れずという仙骨の角度が出てくるな。それに相応して頭の位置が決まるな。注意点は首を縮めて形に身体をはめん事やな

10.18 腰より下を作って太極棒を握ってる手の皮膚のゆるみをとりつつ手首をキメて、前腕を内回し上腕を外回しすると、頭がキマって尻の筋肉が締まって第五腰椎もキマってくるな。いろんな要素がそろった時に想定して無かった変化、現象が出現。一つの要素を抜くと現象はあいまいになり、その要素をしっかり加えると現象はハッキリ現れる。手抜工事は通用せーへんで。

10.29 昨日、新しい練習方法を思いついた。名付けて“一発練”。長くやってきた練習は一日一回しかしない。木刀を振るのも一振り。帯脈回しも左右一まわし。一回しか出来ひんだけに、その一回をする前に、その瞬間に出来るMaxの身体の準備状態をつくるので、同じ2時間やるのでも充実感と充実感の質が違うな。興味があったらどうぞ。ただし、スワイショウと新しい練習はなんべんもやります。

11.11 9日の練習で、太極棒の位置を固定したまま体幹を移動&固定する練習を繰り返すと、腕が自由になってくるな。久しく身体に硬く固定されてた腕が一時的であるが柳の枝のようにしなやかになったな。理由はなんでか分からん

11.12 今日の練習中、みぞおち辺りの中から張りが出現して来てだんだん降りてきて丹田の辺りでばんばんのカチカチになってきて、みぞおちが裂けそうになったくらいやった。以前出現したカチカチのソフトボール大のものよりも大きめで位置的には少し前めやった。もう少し現象を継続したかったが、ばんばん感を追い込み続けるのが苦しくなってリリースしてもうた。

11.19 先日の道場練習の時、鎖骨を落とす方向がやや前方気味になっている事が分かり、後ろを意識して鎖骨を落とす練習を繰り返した。すると自分の身体の深みの存在を感じる事が出来、かつ、表面的力みが無くなるような感じがしたな。そして、その‘後ろ’をどこを通してどこに繋ぐのか 新しい検証テーマが出現しましたどす

11.29 姿勢を作り肩甲骨を下に降ろすと視界が明瞭になったな。理由は分からん。あと、患者さんの腕を、中心を保持するように持ち、自分の肩甲骨を下に降ろすと、患者さんの中のたるんだヒモに張りが出て、つながっているポイント、つながるポイント、つまり‘つながり’いうヤツが出現したな。錯覚か?

12.2 以前先生に手で押して頂いた背骨のポイントから縦方向へのベクトルを意識しながら肩甲骨を下に降ろすと、上半身だけであるが腕や肩などの存在が無となり自分の中心軸だけが残り、なんか‘静’が現れたな。その反面下半身は上半身に比べ骨盤の締まりがあまいせいかザワツキ感がまとわり付いとったな。気持ちエエ不思議な感覚やった。

12.7 先日、先生の‘実修実験’を読ませていただいたあと、自己練習の際にふと思た 「この世は自執との戦いか!」。 かつて鍼灸の師匠に 「人間は執着心を捨てれるかや」と、時折諭していただいた事がありましたが。執着心を前に進む為のパワーの源にしてきた部分はあったが、大きくもうひとまたぎ次元を超えれるかどうかいう事やな。こてっちゃんならぬ 解脱っちゃんやな。おさむ師匠風に言わせていただくと、げだ〜 げだ〜 げだっちゃんで〜す。次の視界を楽しめるように 「やれるんか?」  「やったらよろしおまっしゃねんやろっ!!」

12.9 以前先生に押していただいた背中のポイントから上に伸びるベクトルと、頭の中を通る軸を一致させるには、とりあえずその一つの要素として、ソケイ部の深みが必要やな。つまり、骨盤時計と歩法ですわ。

12.12 錯覚かもしれないが、首まで呼吸を上手く入れられたら身体の回りの空気の気圧を感じられた。これは頭の後ろに目があるという事とつながるのか??

12.22 今日改めて思った事は、いかなる時もいかに高さを保つか。横隔膜を上げた時も、中を落とした時も、息を吐いた時も、技をかける時も。天秤の支点のごとく点で決して弛まない。指導頂いている身体の使い、ポイント、つなぎ、の多くはこの為か!

12.22 昨晩、床に入った時比較的早い段階で、まず仙骨と後頭骨につながり感を感じ、それが終わったら続いて、丹田、印堂、両上肢帯につながり感が出現した。何が原因で出現したかは絞り込めなかった。

12.26 以前テレビでソ連時代のルーマニアの体操英才教育の映像を見た時、先生に以前押していただいた背骨のポイントとほぼ同じ所を、子供の背中が二つ折れになるくらいにコーチが繰り返し何度も何度も押し上げていた。それを考えながら練習してたら、先生のブログの‘横隔膜’の文字とつながった。その背骨のポイントを押し上げると横隔膜が上がる。
                  
                  
**2014**

1.13 年末年始の練習で股関節に螺旋の回転が出てきたな。その回転を絞っていくと他の身体の部位が納まるべき所に近づいてくるな。検証は続く。あと、アーチェリーのレッスンで弓を引く時も矢を放つ時も肩甲骨で(肩と言っていたが)操作すると教わった。離陸出来るくらい羽ばたきの練習やな

1.26 25日の練習と今日考えた事は、立てまくりの締めまくりの伸ばしまくりの圧縮しまくりで化けモンになる。

2.7 踵に重心が乗ってると上に伸びるベクトルがスムーズじゃないな。あと過去の怪我の経歴から右の股関節の締めが甘いのは分かっていたが、今日はそれを特にターゲットとして練習していた訳では無かったがその過程で目からうろこ的に思い知らされた。それを補正する事が出来るかもしれん一つの可能性も見つけたが。今日は経絡ちっくやったな。噛合わせまでにも影響する事を確認出来たで。経絡ってオモシロイですよみなさん

3.3 その瞬間の臨界点の先にアンカーを置いて軌道を替えて丹田に落としたら気持ちエエで

3.7 剣の落ちる軌道で首の伸びる‘その位置’‘その軌道’があるか。それに加えて3時9時のタテカエをキメれば上へ伸びるベクトル、下へ伸びるベクトルの高さと深みが加わるな

3.11 ふと思ったな。合気の身体と小周天はリンクするんかな?

3.17 両肩を引き分けると肩が落ちて、腕肩周りの筋肉に必要以上の緊張が入らなくなるな。その分、腕を操作する時、骨盤、股関節からの立替え切りかえしの力を腕に伝えたくなるな。

3.17(その2) 第3線は小周天と同様、リング状か?

3.26 全体として60対40の圧倒的な不利な状態でも、相手の身体の‘くせ’から生じる、最低でも49対51以上の有利な状態がその全体の中に、線で存在するんちゃうか と思ったな。

4.1 今日、山で気功の練習していたら、おっちゃんが、Kiroroの「未来へ」のサビの部分を繰り返し繰り返し全開で唄いながら山道を歩いてた。そして俺の存在に気付き、唄うのを急に止めた。これアメリカやったら銃撃戦になっとんちゃうんか

4.21 紐から返ってくる内側にむかう力を紐を着けない状態でいかに身体で再現するか。それを紐を八の字で膝の上下を締めてスワイショをしながら考えてた。そして答えが出ないまま、紐を解いて身体を動かすと下からの力が面白いくらい上に、腕に伝わった。これは紐を締める事によって力の伝動系の管に水が通ったような通じたような まさにそんな感覚やったな。あと紐の縛りに関して、膝の下や上を横に一本締めした場合と八の字で縛った場合では、ちょいと違うなと、そんな気がしたな。それは骨盤、股関節の動きが八の字やからか。 

                 **2015**

1.19 骨盤、腹辺りを中心に練習してたら、頭で考えている事は妄想やなと思ったな。その瞬間その時を思うままに生きてた小学生の頃のような感覚が、一時、蘇えって来たわ。という事で練習からの帰り道、ロト7買いました。好きなようにツッコンで下さい

4.16 脳やな。だいぶん以前に’脳’というワードが現れた事があったが、その時はタイミングや無かった。今、自分なりのレベルで自分の脳にはアプローチ出来るが、患者さんの脳にどうアプローチするか出来るか。接触した方がええんか接触する必要無いんか。another worldに行けるか錯覚か。しばらくこれにfocus onやな。

6.16 あ門と鼠径部で引き分けたら新しい身体の感覚で気持ち良かったな。

7.20 土曜日の練習で教えて頂いた手の形。ええ位置に指が来てその手の形でエアー鉄球玉運びのポーズしたら、エアー鉄球の玉の重みが腹にくるな。

11.27 後頭骨につながったロープで捕鯨船に引きずり込まれそうになった場合、その力に抵抗するのは首の力やなくてくわえこみやな。くじらは楽しい泳いどるだけやのに、いきなり鉄の塊、どてっ腹にぶち込まれて気の毒やな

                 **2016** 

3.31 くわえこみの行き先は、衝脈か?

9.8 くわえこみと仙腸関節を同時に意識したら上半身の感覚と雰囲気が変わるな。肩周りの緊張が無くなって腕の重みを感じられるな。“奥ゆき”いう事か。奥ゆきと言えば、衝脈も腎から出て会陰に降り下肢体表に走るから、くわえこみ、仙腸関節と同様、衝脈にも前後の奥ゆきがあるいう事やな。しばらく、そいつに意識を置いてみよう

11.9 蝶形骨を押し出すようなイメージしたら背後の情報が入って来るか?


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