ベートーヴェン作曲 | : | ヴァイオリン協奏曲二長調作品61 |
ブラームス作曲 | : | 交響曲第1番ハ短調作品68 |
ヴァイオリン独奏 | 神尾真由子 |
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BEETHOVEN | 神尾真由子 |
チャイコフスキー国際コンクールで堂々優勝した神尾真由子のヴァイオリン、早く聴いてみたいと待ち望んでいた演奏家の一人です。 放送などで耳にした彼女のチャイコフスキーは、一言で言えば非常に熱い演奏。ロマンの固まり、むせ返るような濃厚な音楽を聴かせて、まさにチャイコフスキーの音 楽にはうってつけのヴァイオリニスト。 その神尾さんが、大植英次の伴奏でベートーヴェンの協奏曲を弾くというのだからたま りません。 高校時代に始めて聴いた、ジノ・フランチェスカッティのヴァイオリン、ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団のレコードは、わたしをクラシック音楽の世界に誘ってくれた思い出深いもので、この曲はこのコンビの演奏が未だに耳にこびりついたままです。 その後ハイフェッツやオイストラフなどの名演、キョン・チョン・ファの鬼気迫る演奏やクレーメルに始まる現代的な演奏など多数の録音を聴いてきましたが、実演で聴いた記憶がありません。 長年の渇きを神尾さんが癒してくれるかも・・・・・! ティンパニーが4つ小さく刻むと木管が優しいメロディーで続く、ベートーヴェンの協奏曲の始まり。 こういう独創的な始め方をする協奏曲を書いたのはベートーヴェンが初めてだと思います。 オーケストラが主な主題二つを提示した後に独奏楽器が入ってくるという形が出来上がっていた協奏曲の概念をベートーヴェンが斬新なアイディアで発展させたといえるかもしれません。 ピアノ協奏曲第4番では、いきなりピアノがソロで始めます。 曲のイメージを最初の数小節のソロで聴く人に与えてしまうという素晴らしい<入り方>です。 ヴァイオリン協奏曲での最初のティンパニーの4つの音は、この第4協奏曲のピアノ・ソロと同じような意味を持っています。 この4つの音がどう響くか−−−これが最初の大きな課題になります。 大植英次は非常にストレートに、というかあっさりと流します。 変にこだわることなく、この4つの音の次に来る木管楽器の第一主題の導入という感じで演奏しました。 私はこのティンパニーの音はもう少し意味深い響きにして欲しいという思いが強いので、あっさり通り過ぎるとちょっと不満が残ります。 といっても、これに続く第一主題のテンポと関連してくるので、この4つだけ独立したものとはならないので、あまりこだわりすぎるのも問題ではありますが・・・・・ オーケストラが主題を繋いで行き、一段落したらいよいよヴァイオリンの独奏が加わってくる。 何とその音のおおらかなこと! 神尾さんの妖艶なステージ衣裳を見てなかったら、大きな男が小さなヴァイオリンを朗々と弾いてるように錯覚したかもしれません。 第一楽章の第二主題は非常に優雅な旋律なのに聞こえてくるのは恰幅のいい音。一丁のヴァイオリンが、大植英次の率いる大阪フィルと対等に渡り合っているという感じさえ受けました。 もちろん、小さな音で優しい感じで弾いてる部分もあり、ただ音が大きいというだけではありません。 音楽の流れを大きく捉えていて、音楽家としてのスケールの大きさも感じました。 かつての大ヴァイオリニスト、オイストラッフもかくや?・・・と思わせるもので、大器の片鱗を見せてくれました。。 でも彼女の弾き方は、わたしのこの曲に対するイメージとはやや距離がありそうです・・・・ ヴィヴラートのかけすぎが音の流れをぼやけさせるような部分が気になってしまうんです。 大植英次の指揮が意外とノーマルというか、楷書の演奏とでも言いたくなるようなものなので、神尾さんの“巨匠風”のヴァイオリンがやや浮いてしまう。 前述の第一楽章の第二主題はもう少し穏やかな・艶やかな音でベートーヴェンのロマンを聴かせて欲しかった。 また一楽章の最後のカデンツァ、誰のものを弾くのか非常に興味がありました。ひょっとしたら自作のものでも弾くのかなと思ってたら、意外とオーソドックスなクライスラーのもの。 堂々とした弾きっぷりで少々のミスなんか気にせず一気呵成に弾ききるのは素晴らしいのですが、音楽の流れをもう少し良くするための“間”があった方が良いように思います。 少し批判的なことを書きましたが、この年でこんなに大きな演奏が出来るなんて、将来が怖いくらい。 今まで何人もヴァイオリニストを聴いてきたけど、こんなにスケールの大きい人は初めてです。 アンコールに弾いたパガニーニのカプリースは非の打ち所のない見事なもので、会場はもちろん本人も楽しんでいたのではないでしょうか。 今の彼女には、パガニーニやブルッフ、スペインのラロなんかがぴったりだと思います。 将来の彼女に期待してます! 後半は、ブラームス作曲交響曲第1番ハ短調。 ドイツロマン派を代表する作曲家ではあるけれど、古典的な音楽の形をしっかり残し、決して情緒に流されない音楽家で、シンフォニー作曲家としてはベートーヴェンのそれを継承しています。 そのブラームスの最初の交響曲は長年の推敲を重ねた末に出来上がったもので、じつに43歳の時の作品です。 ベートーヴェンの9曲のシンフォニーに続くものということで、“第10シンフォニー”という人も居たくらい。 堂々とした威厳を持ち、苦悩から歓喜へというイメージを思い起こさせるこの曲は、ドイツの巨匠達の名演がたくさん残されてます。 大植英次はどんなブラームスを聴かせてくれるのか? ティンパニーやホルンの重厚な響きで始まる序奏は、オーソドックスな演奏で始まる。 曲が進むにしたがってゆるやかなテンポが基本になってくる。 前半の協奏曲では、独奏者がゆったりしたテンポで演奏するのを大植英次がしっかりイン・テンポでリードするという感じだったのが、ここではメリハリの付いた音楽になる。 特に終楽章でその傾向が目立っていて、長い序奏をオーケストラにたっぷり歌わせようとするかのように時間をかけていく。 そしてこのシンフォニーの聴きどころである最後のコーダ、このコーダに移行する部分が一段と遅い。 クライマックスの堂々とした部分に持っていくためにゆっくり演奏するのは効果的。 そして最後のコーダに入るが意外とオーソドックスで、オーケストラを煽り立てるようなこともせず、しっかり音を出すことを心がけてるようでした。 驚いたのは最後の一打・・・ ここはほとんどの指揮者がオーケストラの音をしっかり延ばして終わるのがふつなのに、大植英次はこの音をスパッと切ってしまった。 当然意図的な終わり方だとは思うけれど、曲の流れからするとやや疑問が残ります。 過去の名演と比較してもやや効果が薄いようです。 楷書的な演奏の代表的なカール・ベーム/ベルリン・フィルの演奏や、情熱的名演の双璧であるミュンシュ/パリ管・フルトヴェングラー/ベルリン・フィルの演奏でも、最後の一音はしっかり延ばして効果を上げています。 この日の大植英次の演奏は、オーケストラをしっかり鳴らすという点では成功してましたが、ブラームスらしさという点では少し疑問が残りました。 ファースト・ヴァイオリンの隣にチェロ、そしてヴィオラ/セカンド・ヴァイオリンという配置(コントラバスは正面後方に横一列)は、高音と低音が対立ではなくてうまく混ざり合ったようでブラームスには効果的でした。 心配したホルンも堂々とした響きだったし木管もいいアンサンブル。 大植英次は、協奏曲には非凡な才能を持っているということを改めて感じました。 |
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