Moon Talk ー4ー
「ただいま・・・」 由樹さんが帰ってきた。さすがに疲れた顔色をしている。 私はそっと食事を並べた。
「ああ・・・すまないね。お客さんの2人にこんなことをさせてしまって」 申し訳なさそうにしている由樹さんに、私は黙って首を
振った。翔くんが彼を気遣いながら口を開く。 「姉さんがこんな大事な時に来ちゃって、こっちこそ申し訳ない。それに、義兄さんの許
可も得ずに入院させちゃったりして、すみません」 「いや・・・助かったよ。俺じゃ、愛の身体の変調になんか気づかなかっただろうし」
とりあえず目の前の食事をたいらげて、由樹さんは一息ついた。お皿なんかをひいて、3人分のお茶を入れ、机に置くと私も少しホッとした。
「あの、医師から話は聞かれましたか?」 「ああ、一応、ね。とりあえず出血は止まっているらしい。このままで、いてくれるといい
んだが・・・」 どうしても俯きがちになる由樹さんの気持ちが伝わってきて、私と翔くんもしんみりしてしまう。 外はとても静かで、
黙ってしまえば何の音も存在しないかのよう。普段のざわめきからは想像もつかないくらいの静寂だった。 「問題は、望、だよな。義兄さ
ん、函館のお母さんに来てもらうことは出来ないかな」 沈黙を破ったのは翔くんだった。 「うーん・・・話してみないことには判らない
けどな・・・確か、今は2番目の兄貴一家が来てる筈なんだ。来月始めまで、だったかな。だから、難しいかもしれないな」 「そうか・・・でも、
義兄さんだって休む訳にはいないよな?仕事」 「うん。明日はとりあえず休んであるけど、そうそうは無理だよ」 2人のやり取りを
聞いていたら、私の判断で愛ちゃんを入院させてしまったことが物凄く悪いことだったような気がして、落ち込んでしまいそうだった。 「ご
めんなさい・・・私が余計なことしちゃったせいで・・・」 「麻衣、そんなことはないさ。実際、安静にしてるからこそ落ち着いてきてるんだから、
良かったんだよ、これで」 「そう、何も君が気にすることはない。愛のことを大事に思ってくれてのことなんだから」 翔くんも由樹さ
んも、沈んでいる私に優しく微笑んでくれて、やっぱり、私は落ち込んでしまった。 そんな私の心は、翔くんにはお見通しとみえて、彼は
私の背中をポンポンと叩く。軽く、優しく。 「翔くん・・・」 「落ち込んでるより、望のこと考えてやらなきゃ、だろ?・・・もし、函館のお
母さんが都合が悪いようなら、俺が京都へ連れて帰るよ」 翔くんの言葉に、私も由樹さんも驚いた。 「翔くん・・・」 「しかし、そ
れは・・・」 「いや、北原のお母さんが駄目なら、うちのお袋がみるのが当然だろ?ただ、うちの親は忙しくてそれどころじゃないだろうから、
実際には俺と結がみることになるだろうけど。今なら丁度夏休みだし、何とかなるよ」 「だが、翔くんにそこまでしてもらうのは・・・」
「何遠慮してるんだい?義兄さん。こんな時くらい頼ってくれたってバチは当たらないと思うけどな」 そして翔くんは私の方を向いた。
「麻衣、道中は頼むぞ。望、麻衣のこと気に入ってるみたいだしな」 「・・・うん、解ってる」 そう、くよくよしたって始まらない。
愛ちゃんと望ちゃん、そして由樹さんにとって、1番いい方法を考えなくちゃ、だもんね。 それが、京都へ連れて行くことだと翔くんは判
断したんだ。それなら、私は精一杯、彼に協力しよう。 「由樹さん、不安はいっぱいだと思いますけど、望ちゃんのことは翔くんに任せて、
出来るだけ愛ちゃんの傍にいてあげて下さい。お願いします」 「麻衣さん・・・」 由樹さんは私を見て、大きな無ため息を1つついた。
「愛も、望のことが1番の気がかりらしくて心配してるけど、君と、翔くんになら任せられるだろう。・・・頼みます、望のこと」 由樹
さんは私たちに向かって深々と頭を下げた。 「義兄さん、そんなことしなくていいって。姉さんのことは頼むよ」 「ああ、勿論だ」
「それから、退院出来るようなら電話して。俺、また連れてくるから」 「何から何まで・・・すまないな、翔くん」 「離れてても家族なんだ
から。困った時は助け合う。それが当然だろ?」 翔くんの口調から、彼が由樹さんを慕っているのがよく解る。2人の関係が自然な感じで、
いいな、と思ってしまった。 大好きな愛ちゃんの旦那様。由樹さんはまさに愛ちゃんにピッタリの人だと、私は思った。
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