アマ小説家の作品

◆パペット◆第8回 by日向 霄 page 2/3
「せっかく生け捕りにしたのに」
 一度目はうまく声にならなくて、マリエラは二度同じことを言った。
「せっかく生け捕りにしたのに。わからなくなってしまったわ。シンジケートのこと」
「残念か? 俺の首をどこへ持っていけばいいか、わからなくなって」
 マリエラを見るジュリアンの瞳には、なんともいえない孤独が浮かんでいる。孤独と、絶望。狂気とは紙一重の。
「そんな……。あたしが、あなたを殺せると思うの?」
 殺せるはずがない。手練れの殺し屋であるジュリアンを、銃一つ撃てないあたしに殺せるわけが―――。違う、そんなことじゃない。そんな、殺しの腕のことなんかじゃない。そんなことじゃないはずよ、あたしがジュリアンを殺せないのは。あたしがジュリアンについてきたのは。
 『なぜみすみす十万リールを捨てるのか』。男の言葉に明らかに動揺してしまった自分を鎮めようと、マリエラは精一杯ジュリアンへの愛情をかき立てようとした。傷ついた獣の危うさと、子供のような純な心を持ったジュリアン。あたしを守るために生きているジュリアン。レベル6の片隅で、一人ぼっちで生きていくよりなかったあたしの前に突然現れた死の天使。
「嘘が下手だな。でも、嘘をついてくれるのは嬉しいよ、マリエラ」
 微笑まれて、マリエラはぞっとする。人の心を寒からしめる凄絶な微笑。もし本当に『死の天使』なるものが存在したとしても、これほどに美しく怖ろしいことはあるまい。
「初めから、わかっていたことだ。君を守る最善の策は、俺が死ぬこと。どうして生き延びようなんて思ったんだろう? 初めから、逃げ出したりなんかしなければ良かったんだ。初めから、逃げ出したりなんか―――」
 奇妙なイメージがジュリアンの脳裡に浮かんだ。
『逃げろ。どこまでも逃げろ。ジュリアン=バレルとして。テロリスト“狼”として』
 聞き覚えのない声が頭の中に反響する。
 刹那、耐えがたい恐怖と焦燥がジュリアンの胸を満たした。
『おまえは何人もの命を手にかけた非情のテロリスト。その罪を背負ってどこまでも逃げ続けるのがおまえの使命。そして、その罪をかぶって死ぬのが、おまえの運命(さだめ)』


続き 戻る