◆パペット◆第8回 by日向 霄 page 3/3
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「黙れ、黙れ黙れ黙れーっ!」
いきなり頭を抱えて崩れるようにうずくまったジュリアンを、マリエラは呆然と見つめた。
「俺は違う、俺はそんなものじゃない、俺は―――」
その悲痛な叫びに、マリエラはやっと銃を放り出し、ジュリアンに駆け寄った。ぶるぶる震えるジュリアンの体を抱き、あやすように頭をなでる。しかしジュリアンにはマリエラの姿は見えていないようだった。彼はどこか遠い1点を凝視したまま、脂汗を流して震え続けている。
「大丈夫よ、ジュリアン。大丈夫、何も怖いことなんてないわ。私はあなたを裏切ったりしない。大丈夫よ」
ジュリアンの体から伝染してくる恐怖を抑えつけようと、マリエラは何度も大丈夫という言葉を繰り返した。しかしもちろん、何がどう大丈夫なのかはわからない。そもそもジュリアンが一体何にこうも怯えているのか、マリエラにはわかりようがなかったのだ。
初めて逢った頃に彼を苦しめていた悪夢が再び甦ったのか?
あの頃ジュリアンを苦しめていたのは彼が殺した者達の亡霊だった。いや、正確にはその追いすがる亡霊を否定するジュリアンの心だった。どこか奥深いところで、「違う」と叫び続けているジュリアンの心。
違うんだ。俺は、違ったんだ。初めから逃げ出したりしなければ、俺は―――。
『bO028が逃げ出しました!』
『警告、警告。脱走不可能。警告。従わねば消去』
『そんなに逃げたいのなら逃がしてやろう。丁度逃げる役が一人、欲しいと思っていたところだ』
記憶の断片が次々に流れていく。それが見知らぬ風景でなく、自分の記憶の一部であることを、ジュリアンは拒否できなかった。かろうじて、それをつなぎ合わせずにいることしか。
その断片を組み立ててはいけない。その断片に意味を見出してはいけない。「違う」と叫んでいたはずの心が、より強い恐怖に萎えていく。
「俺はただの殺し屋なんだ」
声に出して、ジュリアンは言った。
「ただの賞金首の、テロリストの、ジュリアン=バレルなんだ」
背後の壁を埋める手配書の一枚が、それが事実であることを告げている。
ジュリアン=バレル。10万リールの賞金首。
そしてその斜め下では、ジャン=ジャック=ムトーの顔が正面を見据えていた。彼もまた賞金首であることは事実で、しかし彼の罪状は真実ではない。しかしもちろん、そんなことはレベル6の人間には関係のないことだった。おそらく、どのレベルの人間にとっても。
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