アマ小説家の作品

◆パペット◆第7回 by日向 霄 page 2/3
 ただ警察に追いかけられるのとは訳が違う。すれ違う者、行き交う見知らぬ人間達が、すべて自分を狙っているかもしれないのだ。いつ誰が牙をむいて襲ってくるか、たとえかくまってくれる相手がいたとしても、金のためにそいつが裏切らないとどうして言えよう? 自分にかかった賞金以上の金を渡したとしても、そいつは更に賞金を手に入れようとするかもしれないではないか。それがレベル5やレベル6なら、なおさらだ。
 しかし。
 銃のエネルギーパックを取り替えながら、ムトーは考える。
 俺が消されるということは、俺の臆測もあながち間違ってはいないということだ。ジュリアン=バレルが『狼』でないのか、ジョアン=ガラバーニが実在しなかったのか、いずれにしろあの事件には何か裏がある。何か、上層部の絡んだ秘密が。
 ムトーの口もとに、薄い微笑が浮かぶ。俺のようなちっぽけな人間が、上の連中の肝を少しでも冷やせたのかと思うと痛快な気分になる。
「一万リールか」
 ジュリアン=バレルに付いた値は十万。所詮俺が与え得る衝撃は、奴の十分の一か―――。
「いたぞ、あいつだ!」
 声とともに。
 襲い来る熱線。
 ムトーは逃げる。
 細い通路の入り組んだレベル5に、地上のような乗り物は存在しない。追う者も追われる者も、自身の足だけが頼りだ。力尽きるまで走り、何としてでもレベル6にたどり着かなければ。
 そうして、ジュリアン=バレルを探し出すのだ。
 この俺が探し出すまで、おまえも死ぬなよ、ジュリアン―――。
 敵は何も後ろから追いかけてくるだけではない。突如前方から現れる銃口。横合いの路地から、まだ十代と思しき少女が撃ってる。あるいはまた、そんな高齢でレベル5の苛酷な生を生き抜いていけるのかとこちらが心配になるほどの、ひからびた老人が。
 ある者は冷やかしのように一度だけ銃を向け、ある者はどこまでも執拗に追いすがり、またある者はムトーの銃に命を落とす。何の興味も示さず逃げるムトーを見送って、流れ弾に倒れる者も。
 まるで悪夢のような。
 どこまで逃げても、どれだけ敵を倒しても、決して解放されることのない、果てしなく追われ続ける悪夢。
 実際には、とうに銃撃は止んでいたのかもしれない。物陰からムトーを狙う影など一つもなかったのかもしれない。
 ムトーを追うのは、追われていると囁くムトー自身の心に潜む悪魔。ふりほどこうにもふりほどけない自身の焦燥感に背中を押されて、ムトーは走り続けた。
 どこをどう逃げ回ったものか。
 酷使に耐えかねた足がようやく焦慮を抑え込んだ時、あたりに人影はなかった。


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