アマ小説家の作品

◆パペット◆第7回 by日向 霄 page 3/3
「振り切ったのか……」
 呟きながら、ムトーは心の中で苦笑する。
 存外俺も、小心者というわけだ。
 左の肩を灼かれていたが、痛みは感じなかった。銃のエネルギーを使い果たしてしまったことの方がよほどこたえる。
 ムトーが迷い込んだのは、狭い廃坑のような一本道だった。狭い上に暗い。レベル5はそもそもあまり明るくはない場所だが、その通路にはわずかに光苔のような発光塗料が塗られてあるだけで、それもあらかた剥げ落ちてしまっていた。
 引き返すか?
 もしも新手の賞金稼ぎが現れたら、こんな狭い一本道では防ぎようがない。銃はもう使い物にならず、あとは公安からくすねてきた小型爆弾が二つあるきりだ。それもこんな場所では自殺行為というものだろう。
「引き返すのが安全というわけでもない、か」
 暗い道を行き進むと、果たしてそこは行き止まりだった。
「なんてこった」
 誰に見せるでもなく、ムトーは肩をすくめる。
 その、無愛想な金属の壁に背中を預けて、ムトーはポケットからビスケットを取り出した。正確にはビスケット状の総合栄養食品だ。三個で一食分のカロリーを補給できるという触れ込みだが、半分以上砕けて粉々になってしまったそれでは、とてもムトーの使ったエネルギーを補充できそうになかった。
 賞金稼ぎより空腹の方が、早く俺の命を奪うかもしれないな。
 粉のついた指をなめながら、ムトーはずるずると地面に尻をついた。
 疲れていた。
 静けさと暗さが忘れていた睡魔を呼び覚ます。
 ムトーはまぶたを閉じた。
 たとえそれが致命的な事態を招くとしても、どのみちこう眠いのでは起きていたところで十分に戦えまい。
 壁に頭をもたせかけ、つかの間の休息を得ようとした時だった。
 もたせかけた頭が、不自然に後ろに倒れた。のみならず、体全体が倒れて、ムトーの体は仰向けになった。
 壁が、なかった。
 あるいは。
 壁を、突き抜けていた。
 トラップ?
 そう思う間もなく、ムトーの体はとてつもないスピードで闇の中を落下し始めた。頭から。
 飛び降り自殺をする人間は、地面に激突する前に意識をなくしてしまうらしい―――。内蔵を置いて外側だけが落ちていくようなめくるめく落下感にもまれながら、ふとムトーはそんなことを思い出し、そして意識を失った。地面だかどこやらかへ激突する、その前に。


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