◆パペット◆第6回 by日向 霄 page 2/3
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「普通の暮らしがしたいわ」
ぽつりと、想いがこぼれた。
「ねぇジュリアン、あたし、普通の暮らしがしたいわ」
意志的に、今度は言った。こぼれた想いに押されるように。
「普通の暮らし?」
「そうよ。追っ手の目を気にしてこそこそ逃げ回らないですむ、誰はばかることなく堂々と太陽の下を歩くことのできる、そんな生活」
太陽。もう、どんな物だったかも忘れてしまった。ただ明るいだけの物でもなく、ただあたたかいだけの物でもなくて―――。
「地上に戻りたいのか?」
ジュリアンの目が、少し拗ねたように細められる。
「そりゃあ、戻れたらいいと思うわ。でも地上にいても追われていれば同じだもの。どこでもいいから、思いきり羽根を伸ばしてそこらじゅう駆け回ってみたい。ずっと小さかった頃のように」
そう、そんな時代もあったのだ。そんな時代も。
「誰にも追われず、誰をも殺さず、か。どうやって生きていくのか見当もつかないね、そんな暮らし」
「ジュリアン」
「いつだって、解放されたいと思ってたさ。今でも思ってる。こんなのは本当じゃないって、どこかでもう一人の俺がずっと叫んでるような気がする。でも、じゃあ一体どんなのが本当なんだ? どんなのが普通の暮らしだって言うんだ? 俺にとっては殺して追われるのが普通の暮らしだった。それ以外の普通なんて」
「ジュリアン」
マリエラが困った顔をすると、ジュリアンは急にクックッと笑い出した。いたずらっ子のように。
「困った顔も素敵だ」
「怒るわよ」
「怒った顔も素敵だ」
マリエラはしょうがないという風に息を吐いた。
「どこでそんな口のきき方を覚えたの、殺し屋さん。女の子を口説いて回るのもあなたの普通の暮らしだったの?」
「まさか。俺には―――」
言いかけたジュリアンの目がふと険しくなった。
「誰か来る」
いかにも自然な動作でジュリアンはマリエラを背に庇った。殺した男から奪った銃を構えて。
「お姉ちゃん」
申し訳程度に穴を塞ぐ、扉代わりの鉄板の向こうから、遠慮がちな声が届いた。
「お姉ちゃん、トニーだよ。入っていいかい?」
マリエラはジュリアンの顔を見た。
「誰だ?」
ジュリアンの声は低く、険しい。
「生徒よ。あたしが読み書きを教えてた。……このパン、実はトニーに都合してもらったの。つけてきたのね」
困った顔をして扉に向かうマリエラを、ジュリアンの声が引き留めた。
「ダメだ!」
その声の激しさに動きを止めたマリエラの耳に、不安げなトニーの声が響く。
「お姉ちゃん? いるんだろ?」
鍵も閂もない鉄の板は、子供の手でも簡単に動いた。床をこする金属音。
閃光が走った。
マリエラの姿を認めて微笑んだ顔が声もなくのけぞり、どうと倒れた。
「トニー……?」
何が起きたのか、マリエラにはとっさに理解できなかった。
「トニー!」
ジュリアンの狙いは怖ろしいほど正確だった。額を焼き貫いた一条の熱線は、一瞬にしてトニーの命を奪っていた。その唇にはまだ、微笑みが薄く残っている。
「どうして?」
マリエラはジュリアンを振り返った。
「どうして!」
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