◆パペット◆第6回 by日向 霄 page 3/3
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銃を構えたままのジュリアンは、悪びれる風もなく答えた。
「罠かもしれなかった。賞金稼ぎを案内してきたんじゃないって、どうして断言できる?」
マリエラは首を振った。否定したかった。ジュリアンのその平然とした姿を。
「でも、そうじゃなかった。そうじゃなかったわ! 何もいきなり撃たなくたって!」
「撃たなければこっちがやられる。マリエラ、あんたは甘すぎるよ。殺されてからじゃ遅いんだ」
ジュリアンの言うことは、間違ってはいない。あたし達は追われる身なのだ。どんなに用心してもしすぎるということはない。
でも。
たとえそうであっても。
マリエラはぞっとせずにはいられなかった。理由はどうあれ、幼い子供を殺して平然としているジュリアン。あたしの想像が当たりつつある。ジュリアンは、人を殺すことを何とも思わなくなっている―――!
「ここももう使えないな。新しい隠れ家を見つけなくちゃ」
マリエラの気持ちなど知らぬげに、ジュリアンが言う。ひどく落ち着いた声で。
まだぬくもりの残るトニーのまぶたを閉じてやりながら、マリエラは絶望的な想いに駆られた。もう、二度と『普通の暮らし』には戻れないのだ。もう二度と。
「そうだ、マリエラ」
何かいいことを思いついた子供のような弾んだ声。それがマリエラの心を逆なでするとも気づかず、ジュリアンは続ける。
「新しいレベルを作ればいい。俺達二人のためのレベルを。誰にも邪魔されない、誰も入ってこれない、二人だけのレベル。そうさ、新しいレベルを作っちゃいけないなんて法律はどこにもない」
マリエラはジュリアンを振り返った。ただ振り返るだけのその動作が、ひどく億劫だった。
「どうやって?」
自分の声とも思えない、陰鬱な、老婆のような声。
「あたし達二人で、どうやって? 夢物語はよしてちょうだい。あたし達は、ただの落とし穴一つ作れないのよ」
まだ暗黒街がレベル3を指していた時代なら、さして技術もない個人が力任せに新しい空間を広げていくこともできたろう。だがそんな幸福な時代はもう終わってしまった。新しいレベルを作り、トラップと呼ばれる通路を作ることができるのはシンジケートだけだ。一見無秩序に作られているかに見えるトラップも、シンジケートの許可なくしては作れないという。
「シンジケートに頼めばいい」
マリエラは耳を疑った。
「金さえあれば、シンジケートは何だってしてくれるんじゃないのか? 俺の首にかかってる賞金よりもっと高い金額を用意すれば、きっと喜んでやってくれるさ」
「……正気なの?」
かろうじてそう答えながら、マリエラは思っていた。何を今更と。ジュリアンはもう狂ってしまっているのだ、とっくの昔に。人を殺すことを生業にしたその時から。
ジュリアンの表情が曇った。おもちゃを取り上げられた子供の顔になる。少し、ふてくされたような、さびしげな。
「いい考えだと思ったのにな」
賞金首になるような凶悪犯とは思えない、愛らしく美しいジュリアンの顔。とても賞金首とは……。
ジュリアンの首には十万リールがかかっている。十万リール。そんな大金があれば、もう一度普通の暮らしに戻れるかもしれない。この男を売り渡してしまいさえすれば―――。
突如脳裡に浮かんだ『密告』という言葉に、マリエラは身を硬くした。冷たい塊が胸をふさぐ。
あたしも、狂ってしまったのかもしれない。
マリエラは思った。
ジュリアンがあたしのために良心を喪ってしまったように、あたしもまた、ジュリアンのために喪ってしまうんだわ。何か、大事な物を―――。
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