◆パペット◆第5回 by日向 霄 page 2/3
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「茶番?」
さてはこいつ気が触れたな。是非とも精神鑑定を受けさせねばならん。そうしてこいつとはおさらばだ。
部長の反応にはお構いなしに、ムトーは話を続けた。
「ご存じの通り、私はガラバーニ会頭が殺されたという現場にも足を運びましたし、事件を真っ先に報道したテレビ局から遺体を解剖した監察医、会頭の所属していたIII(スリーアイ)社、葬儀社に至るまで、会頭が死んでから関わった人には片っ端から当たって回りました。おそらく、死体はあった。その死体をみんな会頭のものと思いこんでいたがしかし、生前の会頭に会ったことのある人間は一人もいない。そもそもIII社の話では、ここ20年間というもの会頭は隠居同然、本人が表立って行動したことは一度もなく、顔を知っていたのは内々のごく限られた者だけです。
20年ぶりに表舞台へ出ようとして泊まっていたホテルで、彼は華々しく殺された。
その瞬間ポリス中の人間が『ガラバーニ会頭』という人物の存在を知り、『政財界の黒幕』とやらの存在を知った。昨日まで名前も知らなかったくせに、彼の死でポリスの政治経済は変わるなどと、口々に論評するようになる。
大したもんだ、情報ってヤツは。
いるはずのない人間を、たやすく作り出してしまう。一種の集団催眠だ。ねぇ部長、部長だってジョアン=ガラバーニなどという名前、あの時まで聞いたこともなかったでしょうが」
「わしが知らんでも、この世に生きとる人間は山ほどおる」
「そりゃもちろんそうでしょうが、仮にも黒幕と呼ばれるような大人物ですよ。その辺の名もなく死んでいく大衆とは違う。その死が政権を揺るがすほどの人間、一般市民はいざ知らず、特捜なら把握していてしかるべきだと思いますがね」
「それは、つまりだな、だからこそ黒幕と言うのであってだな」
部長の返答は段々あいまいになってくる。狂人の戯れ言と聞き流せばいいものを、つい引き込まれてしまうのだ。
確かにあの日、妙には思ったのだ。会議に出席する要人リストに、一人だけ聞き慣れない人物がいた。天下のIIIの会頭だというから要人中の要人には違いないが、そもそもIIIに会頭がいたなんて話も初耳だった。
そしてその人物が、会議への出席を待たずに殺された。
殺されることによって生き返った人間――それが彼だった。
「まあいい。仮におまえさんの説が正しかったとしてだ、一体誰が何のためにそんなことをしたんだ? いくら情報が世間の動きを左右すると言ったって、人一人でっち上げるには相当の金もいれば労力もいる。そんなことをして、一体誰がどう得をするというんだ」
いよいよ部長はムトーの仮説を受け入れてしまった。
「それがわかれば苦労はしませんよ。ただ、”彼”が死んだことで、ポリスは明らかに打撃を受けた。沈滞はしていたが、さりとて倒れるほどの理由も抱えていなかったマイヨール政権が倒れて、ポリスのレベル構造の見直しを唱える新しい勢力が政権を握りつつある。昨年から続いていたテロ行為が、見事に実を結んだと言えるでしょうね」
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