アマ小説家の作品

◆パペット◆第5回 by日向 霄 page 1/3
 ムトーは少しためらったあげく、部長の部屋に足を向けた。嫌なことは早くすませるに限る。すまさずに無視できればもっといいんだが。
 扉を開けてから、ノックした。
 部長の膝の上に乗っていた秘書のアレックス坊やが慌ててとびのく。
「不用心ですね。特捜部長ともあろう者が、鍵もかけずに」
 部長は目を白黒させ、怒りと焦りで顔を真っ赤にしていた。怒鳴りたいのだが声が出ないといった様子で、口ばかりパクパクさせている。放っておくと泡を吹いてぶっ倒れそうなので、ムトーは彼の代わりに言ってやった。
「この無礼者、許可も受けずに部屋に入ってくるヤツがあるか、ですか?」
 部長はうなずきながらなおも口を動かし、ムトーに指を突きつける。
「それがわかっててどうしておまえは入ってくるんだ、ですか?」
 部長は大きくうなずく。
「部長が私をお捜しだと聞きましたのでね。一刻も早く顔をお見せした方がよろしかろうと思ったんです。お邪魔ならこのまま立ち去りますが」
「もう遅いわ」
 既にアレックス坊やは隣の秘書室へ逃げ込んでしまっている。
 部長はわざとらしい咳払いとともに『特捜部長』の衣を取り戻し、ムトーを睨み直した。
「苦情が来ておる」
 重々しい声を出そうと苦心しているのがわかる。
「ガラバーニ会頭のご遺族からだ」
「遺族? いたんですか、遺族が」
「何を言っとる。貴様会いに行ったんだろうが」
「会おうとはしましたよ。でも会えなかった。そもそも会頭の身内は非常に少ない。親兄弟はとっくに亡くなっているし、妻にも先立たれている。娘が一人いるらしいが、よほど折り合いが悪かったのか、彼女は会頭にはほとんど近寄らず、官僚の妻として平凡に暮らしている」
「そうだ。だから彼女はその平穏を破ってほしくない、とそう言っておられるのだ」
「仮にも父親が殺されたっていうのに、平穏も何もないと思いますがね」
「いらぬ世話というもんだろう。そもそもわしはガラバーニ会頭の身辺を洗えと言った覚えはないぞ。おまえはジュリアン=バレルを追っていたんじゃないのか? 何を今更遺族の手を煩わせることがある」
「捜査の原点に戻ってるんですよ。習いませんでしたか? まずは被害者の身元を洗う」
 レマン部長は眉をひそめた。この男、いよいよ頭がおかしくなったのではないか? 事はテロだ。被害者の身元だの犯人の動機だの、そんなことは調べるまでもない。だからこそ特捜部が動いたのだ。
「そう。みんなわかりきったことだと思ってる。でもそれは本当にわかりきっていることなんでしょうか?」
「何が言いたいんだ、ムトー」
「この事件は茶番なんじゃないかと、そう思ってるんですよ」


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