◆パペット◆最終回 by日向 霄 page 3/3
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空は赤かった。深い赤から淡いオレンジ。薄い雲が微妙なグラデーションを醸し出す空に、ほんのりと忍び寄る蒼い影。名残と呼ぶにはあまりにも強大な昼の最後の力と、ひっそりと、しかし確実に始まりつつある夜の相克。
「おはよう――って言うのも変か」
視界を覆いつくす美しい黄昏の景色の隅に、人の気配。
寝転がったまま、体の下の柔らかい土と草の感触を楽しみながら、ムトーはゆっくり首をめぐらす。
いつも通りの、皮肉っぽい微笑を浮かべて、ジュリアンがこちらを見ている。大地に腰を下ろして。
「俺達は、勝ったよ」
「わかるものか」
まだ、ここが本当にあの場所かどうかはわからない。こんな風景が、イデオポリスのどこにも存在しないことは確かだけれど、しかし今度こそ本当に天上の楽園に来ちまったのかもしれないじゃないか。
「まったくあんたって奴は、あまのじゃくだな」
笑いながら、ジュリアンは立ち上がった。軽く土を払い、ムトーに向かって手を差し伸べる。その動作があまりにも自然で、ムトーはついその手を取った。
起き上がるぐらい、一人でできるのに。
二人は並んで歩きだす。
かつて、こうして夕暮れの光の中を歩いてきたのはジュリアンとマリエラだった。あの時俺は、ジュリアンにさえ出逢えればすべての謎が解けるものだと思いこんでいた。
無駄だったわけじゃない。もし出逢わなければ。もしここに落ちなければ。
何もわからなかったわけじゃない。何も変わらなかったわけじゃない。それにもし、ここが天国でないとするなら。
まだ、何も終わったわけじゃない。
前方に、見覚えのある小屋が姿を現した。かつてはムトーがジュリアンの訪れを待っていた小屋。そして今は――。
「ムトー!」
悲鳴のような、叫びが上がる。小さな影が駆けてくる。戸口に佇んだまま、両の手で口を押さえ、目を一杯に見開いているのは、あれは。
「マリエラ」
そっと小さく、限りない想いをこめて、ジュリアンが彼女の名を呼ぶ。
弾かれたようにムトーに跳びつくユウリ。その熱い涙がムトーの服を濡らす。当惑顔のムトーのもとへ、老人がゆっくりと歩を進める。
「求めていたものは、見つかったかね」
【完】
あとがき
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