アマ小説家の作品

◆パペット◆第3回 by日向 霄 page 3/3
 その声に気づいてマリエラが目を醒ました時、ジュリアンは既に起き上がり、背にマリエラをかばうようにして立っていた。
「マリエラ!」
 婆さんの声とともに扉が吹っ飛び、閃光がほとばしった。
 ジュリアンの手が何かを投げるのが見え、先頭にいた男が顔を押さえてうずくまるのが見え、後ろにいた男が『10万リールだ!』と叫びながらジュリアンに跳びかかるのが見えた。
 一瞬が何分にも引き延ばされたように、マリエラには思えた。ジュリアンの倍はあろうかという屈強な男が拳を振り下ろす。ジュリアンの体がすっと沈んで、次の瞬間相手の男がもんどりうって倒れる。マリエラの目の前で、ジュリアンの手が男の首にとどめを刺す。ナイフ? いや、もっと細い、長い針のような。
 先に目をつぶされた男がレーザーをめくら撃ちにし、閃光が跳ねる。シーツの焦げる匂い。
 もうマリエラは見ていなかった。目をぎゅっと閉じて、身を縮めていた。
 怖かった。
 レーザーの閃きも、ジュリアンが人を殺すのも。
 再び目を開いた時、もう一人の男も床に倒れていた。ジュリアンは長い針を手にかがみ込んでいて、戸口で腰を抜かしているデビ婆さんに視線を向けていた。
「じゅ、じゅ、10万、10万」
 目をむいてジュリアンを凝視している婆さんに、ジュリアンは近づいていった。
「だめ!」
 マリエラが叫んだ。
「だめよ、ジュリアン、殺さないで!」
 振り向いたジュリアンの顔は青ざめて、眼だけが異様な光を放っている。
「どうして? 密告するぞ」
 マリエラは首を振った。
「だめよ。いけない―――」
 視界の隅に、婆さんが後じさりしていくのが映っていた。
 ジュリアンはマリエラの顔を見つめたまま動かない。
 婆さんの姿が消えた。
「夢じゃなかった。それともこれは、悪夢の続きか?」
 感情をなくした声で、ジュリアンが言う。マリエラは首を振った。何を否定したいのかわからぬまま。
「マリエラ、俺を殺してくれ」
「………ジュリアン………?」
「俺は、俺は死ぬのが一番いい。そうだ、どうしてこんな簡単なことに気がつかなかったんだ。生きていくために、生きのびるために、他人を殺してきた。でも俺は、俺には、生き続けなきゃならない理由など何もない―――」
 魅入られたように、ジュリアンは手にした針を見つめた。
 楽になれる。
 これで、楽になれる。痛みなど感じまい。もっと早くこうするべきだったんだ。他人を殺す前に、自分を殺すべきだった。
 針が皮膚を刺す、冷たい感触。
「やめて!」
 マリエラの絶叫が響いた。
「あたしを、置き去りにするの? どうして? 父も行ってしまったわ。あなたも行ってしまうの? どうして、どうしてそんな勝手なことができるの? いつもそう。巻き込むだけ巻き込んで、いつも置き去り。あたしに、あたし一人に、この部屋で生き続けろと言うの?
 あなたには義務があるわ。あたしを守るという義務が」
「あんたを、守る、義務―――?」
「そうよ。それが、あなたが生き続けなきゃならない理由なのよ」
 マリエラはひたとジュリアンを見つめた。
 もう一人ぼっちになるのはごめんだった。取り残されるぐらいなら、共犯者として追われる方がいい。そう、いずれにしろ、あたしはもう共犯なのだ。自分に銃を突きつけた男を、放り出しもせず介抱したあの瞬間から。
 ジュリアン。
 あなたの死ぬ所など見たくない。生きる理由がないなどという理由で、死んでほしくない。そんな理由を認めたら、あたしだって………。
 ジュリアンは一旦視線を床に落とし、そしておもむろにマリエラの顔を見た。ベッドに座り込んだままの彼女の手をとる。
「あてはない。それでもいいのか?」
「あてがないのは同じよ。一人でも、二人でも」
 マリエラの言葉に、ジュリアンはかすかに笑みをもらした。
 逃げるあてがないのは一人でも二人でも同じだった。だが二人なら、少なくとも生きるあてはある。相手を守るために、生きてはいける。
 二人は狭い小箱を抜け出して、迷路へと足を踏み出した。


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