アマ小説家の作品

◆パペット◆第4回 by日向 霄 page 1/3
 ディスプレイの上を、幾百という文字が滑っていく。
 暗殺されたジョアン=ガラバーニ会頭の経歴だ。
 ムトーがキーボードを叩くと、彼の高校時代の情報がさらに詳細に映し出された。
「成績は中の上、特に目立った活動はしていない……。頭角を現すのは大学に入ってからか……」
 ムトーはガラバーニが在籍していた高校の名簿を照会してみた。中学も小学校も、果ては生まれた病院の出生カルテにまでアクセスした。どこにも問題はなかった。むしろ完璧なまでに情報がそろっているのが問題に思えるほどだった。
 イデオポリスのホストコンピュータが管理している情報は一般市民にも公開されているが、通常個人のデータはプライバシー保護のためろくに見ることはできない。それを今ムトーは特捜部の特権でのぞき見ているわけだが、あまりの資料の多さにうんざりした。
 ムトーはあまりコンピュータを信用していなかった。コンピュータの提供する情報を、と言うべきかもしれない。犯罪者でもない普通の市民のデータをこれほど大量に管理してどうしようというのか? もちろん普通の市民とて犯罪者になりうるし、犯罪の被害者にもなりうるが、経歴を集めてみたところで犯罪を未然に防げるとも思えない。公安の中にはコンピュータで犯罪予測をしている部署もあるが。
 ムトーは自分の名前を入力してみた。
 ジャン=ジャック=ムトーの28年が、ディスプレイに映し出される。
 自分の知らないことまで載っているのではないかと目をこらしたが、6つで死んだ弟の名前のつづりが間違っているのを発見したぐらいだった。
「結局、全てが真実ではありえないってことだ」
 生きていた時間が違うせいか、それとも知名度の差か、ムトーの情報はガラバーニのそれほど詳しくはなかった。
 誰も俺のことなど調べはすまいからな、とひとりごちながら、ムトーはキーを叩いた。
 ジュリアン=バレル。
 エラー音が鳴った。
 『該当件数ゼロ』
 慌ててディスプレイ上の文字を見直すと、バレルのつづりが間違っていた。
 データがないはずはないのだ。プリントアウトされた略歴にはムトーも目を通したのだから。たとえ本人が実在しないとしても、データだけは存在するはずだった。
 ジュリアン=バレルの23年間は、短いものだった。高校卒業後の足跡が何も記されていないためだ。公的機関をはじめ、何らかの合法組織に属していればそこからデータが送られてくるが、例えば地下に潜ってしまったりするとデータは途絶えてしまう。テロリストたるジュリアンの情報が少ないのは当然と言えば当然と言えた。
 ジュリアンはレベル2の下級官僚の息子に生まれ、13歳で両親と死に別れていた。乗っていた車が大破して両親は即死、ジュリアン自身も生死の境をさまよったとある。
 病院のカルテにアクセスする。
 半年間入院したという記録があった。
 もっと詳しく知ろうとキーを叩くと、エラーメッセージが出た。
 『該当データの利用権がありません』
 もう一度叩いた。
 エラー音がうるさく鳴るだけだった。


続き

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