◆パペット◆第30回 by日向 霄 page 2/3
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「部長に、見覚えがあるのか? まさかあの人がおまえにテロを命じていたなんて言うんじゃないだろうな。あの人はそんな人じゃない。あの人は」
「わかるものか!」
吐き捨てるようにジュリアンは言った。
「マクレガーに指示を出してたのはあいつかもしれないんだぞ。助けると見せかけてあんたを油断させる腹だったんだ。でなきゃあんなにタイミング良く現れるわけがない」
「それは――しかしそうだとしても同じことだ。“女神の天秤”もチェンバレンも、計ったように俺達の前に現れ俺達を救った。部長だけを特別扱いする必要はない。もし部長が黒幕と関わりがあるとしても、それならなおのこと一緒にいた方が黒幕に近づける」
「特別扱いしてるのはあんたの方だ。あんたはチェンバレン達を信じなかった。なぜ奴だけを信じる?」
ジュリアンを不安にさせているのはおそらく、レマン本人ではなかった。レマンの正体が何であろうと、ムトーの言うように選択肢は限られている。今すぐ殺さないのなら、その時が来るまで付き合ってみるより仕方がない。
問題なのはムトーの心だ。レマンを必要以上に信じてしまうほど傷つき揺らいだムトーの心。それが俺を不安にさせる。
ムトーは頭を振った。ムトーにはジュリアンこそ必要以上にレマンを疑っていると思えた。仕方がない、ジュリアンはレマンを知らないんだ。
「わかったよ。乗せられないよう十分に気をつける。俺もレベル6に潜るのは反対だ」
そう言ってムトーはレマンの方へ戻っていった。ジュリアンはキッチンに残ったまま。開けっぱなしのドアから、二人の話し声が聞こえる。
ムトーがレマンに謝っているのを聞くと、ジュリアンは身震いした。胸がむかむかする。あんなにやすやすと操られるなんて!
それでもジュリアンは二人についていくよりなかった。マリエラのもとへ帰る方法を知ってさえいれば、今すぐにでも帰りたいところだけれど。もし戻り方がわかっていたなら、果たしてジュリアンは一人で“楽園”へ向かっただろうか? ムトーを見捨てて。
奇妙な錯誤が生じていると思った。なぜ俺が、ムトーを守ろうなどと考えなきゃいけないんだ……。
レベル3は混乱していた。至る所で騒ぎが起こり、住民達が雄叫びを上げている。なぶり殺しにされた兵士の遺体を掲げ、見せ物のように練り歩いている一団もあった。新たに地上から兵士が増員された気配はなく、結社の連中だろうか、木箱の上に立った二人の若者が『今こそ我々は独立するのだ!』とさらに住民を煽ろうとしている。
兵士から奪ったとおぼしき武器や、包丁を振りかざしている住民の中で、ムトー達三人の姿は特に目立つこともなかった。治安部隊が全員やられてしまったのなら、三人を追おうとする者はいないはずだ。
再び地上に出るというムトーの言葉に、レマンは反対はしなかった。地上は危険だが、さりとて地下が安全というわけでもない。勝手がわかるという意味では地上の方が少しは安心かもしれない。
「とっとと公安が負けてくれるといいんだがな」
何でもなさそうにレマンは言った。まるで自分は公安とは何の関係もないといった風情だ。
「公安はジュリアンの件に、テロに関わっていたんでしょうか」
「さぁな。ヒューイット長官に直接尋ねてみたらどうだ? せっかく地上へ行くんだ、なんならおまえさんの手でふんじばってやってもいい。それでこそ英雄ってもんだ。今に銅像が建つぞ」
どこまで本気かわからない、おどけた言い方だった。無責任な、と思う一方で、公安など怖れるに足りぬという口調に頼もしさも感じる。なるほど俺は部長の術中にはまっているのかもしれない。
地上への出入り口は、武装した若者達によって固められていた。新たに軍隊が侵入してくるのを阻止するつもりなのだろう。武装と言ってもせいぜいが機関銃だ。正規軍に太刀打ちできるとも思えないが。
いくつか出入口を見て回った後で、レマンは突然叫んだ。
「我々は地上へ出て行くべきだ!」
周囲の喧噪にも負けず、その声はよく響いた。
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