◆パペット◆第30回 by日向 霄 page 3/3
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「地下にいては殺される。公安は我々を全滅させる気だ。新たに兵士を一人も送ってこないなんておかしいと思わないか? 地上の戦闘に手を取られているとしても、だからこそ地下には大人しくしていてもらいたいはずだ。諸君、よく考えてみてくれたまえ。公安は軍を送り込む必要がないのだ。ガス一つで我々は全滅する。いや、そんな物を使う必要すらない。酸素の供給を絶たれたら我々は終わりではないか。地下という閉鎖空間にいる限り、我々は常に地上に屈していなければならないのだ。黙って殺されることはない。我々は地上へ出るべきだ!」
突然のレマンの演説に、ムトーとジュリアンは顔を見合わせた。一体こいつは何を考えているんだ? パニックを引き起こすつもりか?
レマンが最後の言葉を言い終わる頃には、辺りはしんと静まりかえっていた。周りの人間と相談することも忘れ、レマンの言葉を理解しようと努めている住民達をゆっくりと見回し、レマンは再び叫んだ。
「地上へ!」
高らかに挙げた手をさっと横に伸ばし、出口を指し示す。地上へと続く扉。四方を圧する壁からの解放、すなわち。
自由への扉。
歓声が弾けた。それは別に、歓びの声というわけではなかったかもしれない。留まれば死ぬだけだという恐怖の声も、何と特定することのできない、裡に湧き上がる衝動から発した声もあったろう。
不安を洩らす声も、制止を求める声もかき消された。人々は雪崩を打って出口へ殺到した。止まっていようとする者は押され、流され、踏みつけにされた。
「どういうつもりだ!?」
人の波に押されながら、ムトーは声を張り上げた。それでもろくに聞こえはしない。
レマンの口が動いて何事か告げている。もみくちゃにされながらも、その顔は余裕を失っていない。
と。
突如、爆音が響いた。床が揺れ、人の波も揺れる。たまらず一人が倒れ込むと、一斉に周囲の者が犠牲になる。
薄く煙が流れてきた。人々の悲鳴を支えるベース音のように、地鳴りのような不気味な音が続く。
「攻撃だ!」
「爆弾だ!」
人々は完全に度を失った。地上へ通ずる階段は狭い。動かない人波に業を煮やした誰かがとうとう銃に手をかけた。人々を結びつけていた連帯感はあっという間に崩れ去り、わずか数分前まで同胞だった相手が進路を塞ぐ邪魔者と化す。流す必要のない血が流れる。悲鳴と怒号。背後から聞こえる、追い立てるような爆発音。どこか別の通路から逃げ出してきたらしい人々が、列を長くしていく。
ムトーは銃を乱射している男の方へ向かおうとした。その腕を、ジュリアンがひっつかむ。
「バカ、死ぬ気か!」
ムトーは叫び返した。
「こんなことは間違ってる!」
ジュリアンは無言でムトーを睨みつけ、思いきりその腕を引っ張った。正しいも間違ってるもあるものか。生き延びるのが先決なんだ。
ジュリアンとレマンに引きずられ、また人の波に押されて、ムトーは出口へと近づいて行った。足が床ではないものを踏むたびに、きゅっと腹の底が冷える。それが人間の体であることを確認する余裕のないのが救いと言えば救いだった。
いつまでもたどり着かないように思えた出口が、ふいに目の前に現れた。既に地上は夜。ぽっかりと暗い空間に次々と吐き出されていく人々。ひんやりとしたレベル2の空気。
しかしムトーはそれを感じられなかった。外の空気に触れるより早く、後ろから爆風が突き上げてきたのだ。耳を聾する轟音とともに、体がふわりと持ち上げられる。
なぜ?
ムトーは思った。
こんなことは間違っている。
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