アマ小説家の作品

◆パペット◆第30回 by日向 霄 page 1/3
 これからどうしたらいいのか、とムトーは尋ねた。サラとマクレガーの死体が転がる部屋にあって、レマンは実に頼もしく見えた。自分以外のすべてを疑うことから始まったムトーの挑戦は今大きく揺らぎ、もはや自分自身に拠って立つことすらできなくなっている。正しいと信じていた自分の行動が紛れもなく他人を不幸にしているのだ。
 ムトーはレマンを信じたかった。そしてレマンの言葉はいかにもムトーの心を代弁するかのように思えた。黒幕の追求――それは、自分だけは操られていないということの証明であり、レマン以上にムトーは『自分』というものを信じたい人間だったからだ。
「おまえさん達の身の安全という意味では、もうしばらく隠れていた方がいいだろうな。公安が倒れれば、チェンバレンと結社の間に主導権争いが起こる。格好の看板であるおまえ達を双方は競って取り込もうとするだろう。場合によっては、消されるかもしれん。英雄はむしろ生きていない方が力を発揮するものだからな。まぁ、ほとぼりが冷めるまで隠れていようと思うと、かなり長い時間が必要になるだろうが」
「最後に誰が笑うのか見極めてから出て行くってのは、悪い考えじゃない。でもあんたは、適当な隠れ場所を知ってるのか?」
 険を含んだ声で、ジュリアンが言った。
「いや。しかしレベル5まで行けばなんとかなるだろう。この内戦の影響がどのあたりまで及んでいるかわからんが、レベル6に潜り込めれば確実に――」
「待ってください」
 はっとした顔でムトーが遮った。
「シンジケートは、どこにも与してないと言えるんですか? 俺はレベル5でさんざっぱら追っかけられましたよ。公安でもチェンバレンでも、俺達を捕まえたい奴はシンジケートにちょっと金をつかますだけでいい。そんなことをしなくても、そもそもレベル5の賞金稼ぎ達には俺達はまだ賞金首なのかもしれない」
 レベル4以下の地下には、地上の情報がどれほど伝わっているのか。レベル6の住人は、大統領の名前などまったく知らないかもしれない。政権交代など、レベル6には無意味だ。
「部長、あなたは仮にも特捜の部長だった方だ。今回の件にシンジケートがどのくらい絡んでいるのか、何か少しぐらい情報を持っているんじゃないんですか。例えばレベル6に――」
 あり得ざる神聖な場所が存在するということ。
 そう続けようとしたムトーを、今度はジュリアンが遮った。
「戻るべきじゃない。不確実すぎる」
 きっぱりと鋭い声で言い放ち、ムトーを睨みつける。
 不用意に過ぎる。まだこの男が味方だと決まったわけじゃないんだ。
 少し不満げに、ムトーはジュリアンを見返した。しかし改めて“楽園”に言及しようとはせず、一言『御存知じゃないんですか』と付け加える。
 そんな二人の様子を興味深げに眺めながら、レマンは肩をすくめた。
「そりゃ買いかぶりというものだ。わしはレベル6には足を踏み入れたこともない。わしが現場でやっていた頃は、まだレベル6は存在していなかった」
 おまえ達の方がよほど詳しいのじゃないかね、というふうに、レマンは目で問いかける。微笑を浮かべて。
 思わずジュリアンは顔を背けた。のみならず、そのままレマンに背を向け奥の扉へと足早に向かっていく。マクレガーの出てきた扉だ。
 狭いキッチン。一体誰の物なのか、棚には一通り食器が揃っている。
「どうした?」
 ムトーが追いかけてきた。振り返ろうとしないジュリアンの肩を掴み、顔をのぞき込む。
「どうもこうない。あんたは奴を信じすぎる。あの男は、あの男の目つきはまるで、まるで――」
 久しぶりに、ジュリアンの脳裡に声が響いた。
『おまえには逃げ続ける役をやろう』
 満足げに俺を見つめる目。優越感に満ち、憐れみすらも含んだ蔑みの微笑。それが誰なのか思い出せない。思い出したくもない。
 ムトーはジュリアンの言葉を待った。しかしジュリアンは頭を抱えたまま口をつぐんでいる。強く瞳を閉じて。


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