アマ小説家の作品

◆パペット◆第29回 by日向 霄 page 2/3
 あんな男の言うことなんか信じたくない。でも他に何を信じればいいんだろう。ジュリアンがどんな過去を持っていようと、誰に操られていようとあたしの想いは変わらない。もし彼が、意識の操作のせいであたしを愛したのだとしても、それでもいい。あたしが彼を愛しているんだもの。
 だけど、そのあたし自身の愛が、偽りだとしたら。
 あたしはなぜジュリアンを愛したの? なぜ彼を助けたの? 危険だとわかっていて、それでも惹かれたのは、それがあたしの役目だったから?
「あいたっ」
 少女の声が、マリエラを現実に引き戻した。隣で同じように縫い物をしていたユウリが針で指を突いたのだ。
 マリエラはユウリの指を吸ってやってから、「珍しいわね」と言った。ここの子ども達は皆家事に長けている。大人と呼べるのは老人だけなのだから当たり前だけれど、しっかり者のユウリにはマリエラの方が「そこはこうするのよ」と注意されるぐらいなのだ。
「ムトーのことでも考えてたんでしょ」
 ちょっと意地悪な気分になって、マリエラは言った。帰らぬ人を待つ、という点で二人は同じだ。彼女の健気さが、ともすれば絶望的になるマリエラの心を奮い立たせてくれる。だけどもしユウリの願い通りムトーもここへ戻ってくるとしたら、それはあたしやジュリアンにとって望ましいことなのだろうか。
「そっちこそ、ジュリアンのこと考えてたんでしょ。ちっとも進んでないじゃない」
 頬を赤くしながら、ユウリが言い返す。
「前から訊こうと思ってたんだけど、ムトーのどこがいいわけ?」
「どこって……」
 ますます赤くなっていくユウリの顔を見ながら、マリエラは追い打ちをかけた。
「だって愛想の悪い男じゃない? そりゃ、見た目は悪くはないけど、女の子の気持ちなんか全然考えてくれそうにない、優しい言葉の一つも知らないって感じだわ。あなたみたいな年頃の子が憧れるような相手とは思えないけど」
「そんなの。あなたの勝手な感想じゃない。ムトーとはちょっと話しただけのくせに」
「そうだけど、あなただってムトーとは三日とか四日とか、そんなもんだったんでしょ」
 ほんの数日一緒にいただけの相手を、そんなに思えるものだろうか。子どもらしい一途さで今は一生懸命だけど、もう一月もしたら、憑き物が落ちたみたいに忘れてしまうんじゃないのかしら。そうしたら、あたしは一人だわ。
「ムトーは、頼もしかったわ。男らしくて、それで、それで、あたしのこと、可愛いって言ったもの」
 マリエラは思わずぷっと吹き出した。ユウリは耳まで真っ赤だ。
「何がおかしいのよっ! どうせあたしはあなたみたいに綺麗じゃないわよ!」
「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったのよ、ただ」
 ただあの男が、『可愛い』なんて言葉を口にするなんて。
「あなたは、あなたの大事な人をムトーが連れていったから、それでムトーのことが気に入らないんでしょ? でもあたしにとっては逆なの。あなたとあの、ジュリアンって人が来なかったら、そしたらムトーはずっとここにいてくれたのに」
「でもそれは――」
 反論しかけて、マリエラは口をつぐんだ。
 そういう考え方もあるんだ。ムトーに逢って、ジュリアンの運命は変わった。でもジュリアンに逢って、ムトーの方の運命も変わってしまった。
 そんなの当たり前じゃない。出逢うってことは、一人だけで出来ることじゃないんだから。だけどあたし達をここに送り込んだ人間は、ムトーの運命のことまで考えていたのかしら? ムトーもまた、ジュリアンに引き合わせるためにこの場所へ落とされたのなら、ここにユウリがいることを誰かさんは知ってたの?
 ここに、ムトーを慕う少女がいる。誰かさんにとっては何の関係もない、ちっぽけな出来事に過ぎない。当の彼女にとっては人生の一大事なのに。


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