◆パペット◆第28回 by日向 霄 page 2/3
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「ゲーブルというと、“正義の盾”の?」
「“正義の盾”はおまえ達を追ってはいない。もはやおまえ達の逮捕は最優先事項ではない。だがマクレガーにとってはムトー、おまえだけが標的だった」
「上司の命令に背いて、ってのは本当だったわけか」
ジュリアンが呟く。
ムトーはもう一度マクレガーの顔に目をやった。俺への執着は、それでも奴が奴であることの証だったのだろうか。取り入るべき相手なら他にいくらでもいるものを、何の見返りも得られない、面倒見がいいわけでもない俺をよりにもよって慕ってくれた、かつてのボビー=マクレガー。
「でも、じゃああなたは、こいつの命令違反を処分するために追ってきたんですか?」
ムトーの問いに、レマンはあきれ顔で首を振る。
「おまえさん、人の話を聞いとらんかったな。わしは誰の命令も受けてはおらん。わしはただマクレガーが執念深くおまえさんを追っているのを知って、つい出来心でついてきちまっただけだ。しがない庶務の窓際課長が、どうして“正義の盾”のメンバーを処分などできるものか」
「あんた自身がそう思っているからといって、あんたが誰にも操られていないとは言い切れない。あんたがムトーの上司だったなら、あんたに目をつけてる奴がいるはずだ。あんたはムトーを油断させるのにもってこいの相手だ」
ジュリアンはまだ銃を下ろしてはいない。サラという実例があったばかりなのだ。レマンの意識がすり替えられていないとどうして言えよう。
「そう思うなら撃てばいい。わしは恨まんよ。わしを殺すのが誰であろうと、それはわしの行動の帰結だ。家でじっとしていたところで、いずれは死ぬんだから」
その豪胆とも言える態度がレマンらしいのかどうか、ムトーにはわからなかった。とても変わったようにも思える。けれどもムトーが知っていたレマンは特捜部長としての、ほんの一面でしかない。役職を離れて、責任から解放されれば少しは無謀になるものかもしれない。あるいはやけくそに。
ジュリアンを制し、ムトーは言った。
「信じますよ、部長」
「ムトー」
不満げな表情のジュリアンに向かってムトーは言い直した。
「信じたいんだ」
レマンがこくりと大きくうなずく。ジュリアンは渋々銃を下ろした。
「おまえさんの演説、聞かせてもらったよ。何者かが我々を弄んでいる。ゲームの駒に甘んじるのか、自分の意志を取り戻すのか――。それでなくても不安で一杯の市民を逆撫でするにはもってこいの言葉だ。みんなが考えないようにしてることを、おまえさんは容赦なく突きつける。
誰だって、状況はそんなに悪くないと思いたいもんだ。胃の調子の悪い人間が、色んな理屈を挙げて『大丈夫、癌じゃない』と自分に言い聞かせるようにな。医者にかかればはっきりする。でも悪い方にはっきりするのは怖い。だから明日には良くなってるだろうと希望をかけて、一日一日検査を先延ばしにする。そんな、心の準備のできてない患者に向かって、おまえさんは『癌です』と言ってしまった。治療すれば助かるかもしれない。助からないかもしれない。それでも辛く苦しい治療を受けるのか、それとも死を受け容れるのか」
「それは――、その比喩は変です。癌だとわかって、まったく何もしないなんて有り得ない。痛み止めだけにとどめるにせよ、何らかの治療は必要です。俺は――」
「覚悟のできていない人間に癌だと告知することは、時に生きる希望を失わせる。誰もがおまえのように強いわけじゃない。やけになって、自分や他人を傷つけることもありうる。パニックを起こして、冷静な判断力をなくしてしまうんだ」
「地上では、戦闘が始まっていると聞きました。一般市民が闘っていると。本当なんですか?」
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