アマ小説家の作品

◆パペット◆第28回 by日向 霄 page 3/3
 悲痛な面持ちでムトーが尋ねる。俺の言葉一つで、これまで大人しく当局に従っていた市民達が決起したりするだろうか。反政府主義者は昔からいる。世論を煽り、味方につけようとして、成功した試しがなかった。公安と政府の諍いという絶好の条件があるとしても……。
 ああ、俺も同じだ。俺も、『癌じゃない』と言い聞かせている。
「もちろん数にすればまだわずかなものだ。実際に行動を起こしているのはな。だが公安の中にも、職務の遂行に疑問を抱く人間が出てきている。下っぱは自分達が明らかに正義を逸脱していることに悩み、上は上で互いに互いがチェンバレンや“女神の天秤”、ひいてはおまえ達と通じているのではないかと疑りあっている。混乱しているよ。わしがここへ来ることができたのも、その混乱のおかげだ」
「でも、それは何もムトー一人のせいじゃない」
 ジュリアンが口をはさんだ。倒れた男達の手から銃を拾い集め、弾をチェックしながら。
「その通りだ。たった一人の人間だけで変えられるほど、世界は単純じゃない。おまえさんはきっかけを作ったが、そこには諸々の条件が複雑に絡み合っている。たとえ本当に『政財界の黒幕』なんて輩がいて、自分の都合のいいようにあちこちの糸を引っ張っているとしても、すべての出来事を操るのは不可能だ。
 わしはな、ムトー」
 レマンは言葉を切り、奇妙な優しさに満ちた目でムトーを見つめた。
「歴史は誰か一人、もしくは何か特別な一握りの人間が作るものではないと思う。ジョアン=ガラバーニや“狼”という存在を仕組んだ人間は、今頃ほぞを噛んでいるこったろう。こんなはずではなかったと。もはや、そいつを捕まえたところで時間は戻らない。おまえさんやチェンバレンが捕まったところで、この内乱がすぐには終わらないように」
「それは、諦めろという意味ですか? 首謀者の追求なんて無意味だと。あの官邸ビルの崩壊だけでも何百という命が犠牲になったはずです。今この瞬間にも地上では血が流れている。なのに、その元凶を作り出した奴は何の責任も問われないって言うんですか」
 あまりにも不公平に思える。たった二人や三人の人生を狂わせてしまっただけで、この俺はこんなにも罪の意識に苛まれているというのに。
「そうは言っとらん。わしだってそいつがぬくぬくと安全な場所で、ゲーム盤を見るように戦闘の映像を眺めているかと思うと腹は立つ。ただ、そいつ一人を断罪してすむ問題じゃないとも思うのさ。この内乱が終われば、いずれ負けた方の側の指導者は処刑される。勝った方だって権力争いの末、一人や二人見せしめにされる人間が出るかもしれん。残りの者はまるで自分達にひとかけの責任もないかのように、彼らを悪しざまに罵るだろう。
 誰かに操られていると思うのは気味が悪い。なのに人はたやすく他人に罪をなすりつける。
 おまえはわしを信じたいと言ったが、わしも自分を信じたい。わしが特捜部長を辞めることになったのはわしの責任で、こうして今おまえと向かい合っているのもわし自身の行動の帰結だ。この先命を落とすことになっても、それは自分で選んだことであって、どこかの誰かに決められたことではない。
 そういう闘い方もあるだろう? どうしようもなくうっとうしい奴は、無視するに限る」
 もしも誰かが吹き込んだのなら、そいつはまったく大した知恵者だ。
 レマンの長口舌を、ジュリアンは意地の悪い思いで聞いていた。個人的動機があったからと言ってなんだ? 真にレマンが自分の良心のみに従っているとしても、彼が無事ここへたどり着くには誰かの思惑が必要だったのではないのか。
 なるほどこの男は俺達を救った。まるで計ったようなタイミングで、あまりにも都合良く。まるで。そう、まるで。
 これまでにも何度か姿を現し、俺を生かし続けた“お迎え”のように。


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