アマ小説家の作品

◆パペット◆第28回 by日向 霄 page 1/3
 いつまでも銃を握り締め、マクレガーの死体の上に馬乗りになったままのムトーの手に、ジュリアンの手が重なる。
 銃をもぎ取るようにしながら、ジュリアンは声をかけた。
「しっかりしてくれ。これで終わりじゃない」
 ああ、と一言ムトーが答える。言葉に反して、その体も表情も硬直したままだ。無理もない。サラとマクレガー、二人の死が彼の心に打ち込んだ楔はあまりに大きく、深い。そのまま彼の息の根を止めてしまっても不思議はないほどに。
 ムトーの目に、弱々しいながらもまだ光が宿っているのを見て、ジュリアンはほっとすると同時に一抹の憐憫を覚えた。狂ってしまった方が楽な時もある。
「馬鹿な奴だ」
 誰かが言った。その声を聞いて、ジュリアンはこの場にもう一人別の人間がいたことを思い出した。
 振り向きざま、ぴたりと銃を向ける。
「おいおい、命の恩人にそれはないだろうが」
 レマンがおどけた様子で両手を上に上げる。にこりともせず誰何するジュリアン。
「何者だ?」
 答えたのはムトー。のろのろと振り返りながら。
「部長。どうして―――?」
「もう部長じゃあない。今は課長だ。いや、それももう違うな。ただの愚かな年寄りさ」
 ゆっくり立ち上がったムトーに、レマンは苦笑を投げかける。
「俺のせいですか?」
 もちろんそうに決まっている。直属の部下が賞金首になって、上司が責任を問われないわけがない。まったく、俺の行動のせいで一体どれだけの人間が迷惑を被ったのか。サラの言ったとおり、俺には周囲に対する何の気遣いも覚悟もなかった。
「まぁ半分はおまえのせいだ。降格されたのはな。だが今わしが何の肩書きも持っていないのはわし自身が決めたことだ」
「どういう意味ですか? なぜここへ? どうして俺達を助けたんですか?」
「おまえさんのことだ。わしをここへ遣わした黒幕は誰なのか、どんな裏があるのかと考えとるんだろう。残念ながら裏はない。わしがおまえを助けるのは、おまえに生き延びてほしいからだ。自分の心に従ったまでのことさ」
 ムトーはまじまじとレマンを見つめた。かつて自分を目の上のたんこぶのように扱っていた上司の顔を。
「信じられません。あなたが俺を助けなくちゃいけない理由は――」
 レマンが悪党でないことは心得ている。『おまえなんぞクビだ!』と口癖のように言っていたくせに、実際には俺を拘束したことすらなかった。半分は諦めだったにせよ、俺の勝手な行動を許してくれていた。
 けれど『目をつぶる』のと『自らが動く』のとは違う。危険が大きすぎる。特捜部長レマンは、世渡りの下手な人間ではなかったはずだ。
「理由なんぞない。我ながら馬鹿なことをしとると思っとる。だがムトー、人間のやることには必ず理由があるのか? はっきりした動機なしに殺人を犯す奴だっている。いわゆる衝動ってやつだ。損得勘定だけじゃ、人間の行動は理解できん」
 レマンはマクレガーの死体に歩み寄り、跪いて彼の目を閉じてやった。
「こいつも、衝動に勝てなかった口だ。大人しくゲーブルの指示に従っていれば、今ここで命を落とすことはなかった」
 レマンにとっては、マクレガーもかつての部下だ。彼が緊張と興奮に頬を赤らめて配属の挨拶に来たのは、まだそれほど昔のことではない。あのあどけない、理想と情熱に満ちた若者はどこへ行ってしまったのだろう。ムトーに撃たれるまでもなく、既にこの世にはいなかった。


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