アマ小説家の作品

◆パペット◆第27回 by日向 霄 page 2/3
「あんたが死んでどうなるってんだ。あんたがやらなきゃならないのはそんなことじゃない。あんたは生きて、俺達みんなについた糸の先を確かめなきゃならないんだ。そうすることでしか彼女たちは報われない。あんた自身だって報われやしない」
 マクレガーがけたたましい笑い声を上げた。笑いながらジュリアンの放った銃を拾い、おもむろにジュリアンに近づくとその銃床で彼の顔を殴りつけた。
「ジュリアン!」
 ムトーの体が反射的に動いて、ジュリアンの肩を抱きとめる。その腕を振り切って立ち上がり、ジュリアンは血の混じった唾をマクレガーに向けて吐きかけた。
「言ったはずだ。おまえもまた操り人形に過ぎない。俺達を捕まえたが最後、おまえは用済みになって始末されるんだ。おまえに始末されたこの哀れな女のように」
 冷たく厳しい声音だった。間近に迫った美しい面に侮蔑の表情を読みとって、再びマクレガーはジュリアンを殴った。殴ろうとした。
 ジュリアンの体が陽炎のようにゆらめく。動いているとも見えぬのに、マクレガーの拳はその体を捕らえることができない。
「このっ―――!」
 渾身の力を込めた一撃をかわされて、マクレガーは前につんのめった。その腹に、ジュリアンの膝蹴りが決まる。倒れ込もうとするマクレガーの体を支え、背後の男達に目をやるジュリアン。むろん彼らは銃口をジュリアンの方に向け、いつでも引き金を引ける態勢にある。だが今発砲すれば、先にマクレガーの体が蜂の巣になってしまう。
 目で男達を牽制したまま、ジュリアンは言った。口元に浮かぶ、かすかな微笑。
「俺達は生き延びる。この世界は、俺達の妄想なんだから」
 男達がごくりと唾を呑む音が聞こえた。ジュリアンの醸し出す言い知れぬ凄みが彼らの心を圧迫する。
「ほざけっ」
 だがマクレガーはひるまなかった。怒りのために彼の目は盲いていたのだ。
 ジュリアンの胸元に銃を押しつけ、マクレガーは吠えた。
「確かにおまえ達は頭のいかれた狂人だ。せいぜい都合のいい幻覚を見ているがいいさ。世界はびくともしない。僕が操り人形だって? 上司の命令に背いてまでおまえ達を追ってきた僕が?」
 ヒステリックな笑い声を上げるマクレガーを、ジュリアンは相変わらず冷ややかに眺めている。その落ち着きぶりはまったく見事だった。部下であるはずの男達でさえ、狂っているのはマクレガーの方だと思わざるを得ない。
 ムトーは唇を噛んだ。下手に動いてマクレガーを刺激すればジュリアンの命はない。しかし何もしなくても結果は同じだ。そもそもの初めから、マクレガーに俺達を生かしておく気はない。どうすればいいんだ? 俺は誰も救うことができないのか? 俺とジュリアンが出逢ったのは、こんなところで死なせるためだったというのか。
 悲愴な顔つきでこちらを凝視しているムトーに、マクレガーは笑いかけた。ひどく残忍な笑み。
「あんたはまんまと僕に操られた。大尉、アン=ワトリーに妹なんかいやしないんだよ」
 ムトーの反応を確かめるように一度言葉を切り、満足げにうなずいてからマクレガーは続けた。
「この女は赤の他人さ。もっとも、自分はサラ=ワトリーだと思い込んで死んでいったろうけど」
「記憶を、操作したのか?」


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