アマ小説家の作品

◆パペット◆第27回 by日向 霄 page 3/3
 声がかすれた。重い塊が腹の底から湧き上がってくる。
「たいしたことじゃない。この男だって、あんたの仕立て上げた偽者なんだろ?」
 世界の輪郭が歪むようだった。頭がうるさいほどがんがん鳴っている。
 仕立て上げるだって? 赤の他人だって? あれほどまでに俺をなじった。姉への思慕、俺への非難。全身で訴えていたあの強い感情――。すべて、嘘だったというのか。
 違う。あれは本物だった。彼女はあの時アンの妹として生きていたのだ。想いは本物なのに、その想いを生み出した記憶が偽りだなんて。
「外道め」
 吐き捨てるように、ジュリアンが言った。
 知らずに操られ、知らずに死んでいく。だが知らぬままなら。疑いすら抱かないなら。
 それは幸せなのかもしれない。
 一体、この世の誰が自分の記憶を本物だと断言できるのだろう。過去は現在にはない。無数の思い違い、意図的な想い出の美化。事実とは微妙にずれていくであろう頭の中の過去。もしかしたら、すべてはなかったことかもしれない。誰に操作されなくても、人はそもそも自ら作りだした幻想の中に生きているのではないのか。
「おまえごときに僕を裁く権利はない。死ね」
 言葉とともに、マクレガーは指に力を込めた。
 カチッ。
 乾いた音だけが、虚しく響く。
 カチカチッ。
 何度もマクレガーは引き金を引く。だが何も起こらない。
「おまえごときに、俺達は殺せない」
 マクレガーが構えていたのは最前ジュリアンが放った物だ。ジュリアンが兵士から奪い取った銃。サラの命を奪った一発が、最後の銃弾だったのだ。
 マクレガーが動くより早く、ジュリアンの体が沈み、マクレガーの腰から銃を抜く。同時にムトーが跳ねる。
 銃声。
 ジュリアンの銃が男達に向けて火を吹き、ムトーの拳がマクレガーの顔面に炸裂する。
 気を呑まれていた男達の反応は遅れた。二人が倒れ、残る一人がジュリアンを撃とうとした刹那。
 別の銃声が響いた。ジュリアンの背後から。
「部長!?」
 振り返ったムトーの目が驚きに見開かれる。そこに立っていたのはレマンだった。
 起き上がったマクレガーがお返しとばかりムトーの顔を殴る。すかさずマクレガーを押さえつけるジュリアン。
「俺がやる」
 マクレガーの額に押しつけられた銃を、ムトーは引ったくった。
「あんたに僕が殺せるのかい?」
 怖れたふうもなく、ムトーを見つめ返すマクレガー。
「僕が何をしても、それは全部あんたのせいなんだ。あんたが悪いんだよ」
 ムトーは目をつぶった。そして指に力を込めた。
 腕に伝わる反動。きな臭い硝煙の匂い。
 ゆっくり目を開けると、薄笑いを浮かべてこちらを見つめたままのマクレガー。大きく広がっていく血だまり。
 ムトーによって大きく人生を狂わされたマクレガーは、ムトーによって人生の幕を閉じた。


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