◆パペット◆第22回 by日向 霄 page 2/3
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「ジュリアン殿、あなたは我々にとっては英雄です。ジョアン=ガラバーニを初めあなたが手にかけた人物はみなポリスを私物化しようとする腐った連中だった。あなたの働きがなければ、今のこの混乱はなく、我々はまだ長い忍耐の時を必要としたことでしょう」
支部長を名乗るその男はまだ若かった。ムトーと同じくらいだろうか。自分が正しいと信じて疑わない者の持つ独特の傲慢さが、実年齢よりも幼い印象を与えるのかもしれない。『女神の天秤』の資料には何度か目を通したが、この男の顔には見覚えがなかった。ハーヴェイという名も初耳だ。もちろん、公安のリストに載っていない方が隠れ家としては上等なわけだが。
「テロを――“狼”を動かしていたのはあんた達なのか?」
公安もムトーも、その可能性は少ないと見ていた。反政府主義のテロにしては狙いが個人に偏り過ぎ、犯行声明も出ていない。革新派の政治家達が邪魔な政敵を片付けているという方がしっくりして、彼らがことさら秘密結社の関与を取り沙汰すこともかえって怪しく思えた。
だが少なくともチェンバレンは無関係だった。奴がテレビに流したコメント通り、公安と秘密結社が通じていたということもあるのだろうか。
「残念ながら私はそれを知る立場にはありません」
にこやかに、ハーヴェイは答えた。残念がっているようには見えない。
「でも、俺達を匿うのは上からの指示なんだろ?」
ジュリアンが問う。
「もちろん、私の勝手ではありません。この任務に選ばれたことを、私は本当に光栄に思っています」
ジュリアンはムトーを見た。あからさまなため息を返すムトー。
「あんたは、“狼”の背後に誰がいたのかが気にならないのか?」
無駄だと思いながらも、ムトーは尋ねた。ハーヴェイは予想通りの答えを返す。
「それが我々『女神の天秤』であってほしいとは思います。でもそれは大きな問題ではありません。大切なのは今現在我々に大きなチャンスがめぐってきたことであり、このチャンスをいかにうまく使いこなすかということです。過去に何が起きたかより、未来に何を起こすかの方が重要なのです」
「終わりよければすべて良しってやつか。でもな、ハーヴェイさんとやら。“狼”が殺した相手――あんた達が排除したがった相手は、そもそも存在しなかったかもしれないんだぜ。少なくともさっきあんたが挙げたジョアン=ガラバーニ、政財界の黒幕なんてもてはやされたあの男は、架空の人物だったんだ」
確証は何もない。だがムトーは断言した。この曖昧な微笑をたたえた狂信者に『世界への懐疑』というものを教えてやりたかった。
ハーヴェイは目をしばたたき、少しの間まじまじとムトーを見つめた。が、すぐにまたもとの笑顔を取り戻した。
「面白い考えです。でも、だから何ですか? 我々の行動に変わりはありません。そのような虚偽を生む古い構造を破壊し、新しい世界を築くだけです」
あまりにも自信たっぷりに言い返されて、ムトーは自分の方が馬鹿なのかと思いそうになった。そんなことを気にする方がおかしいのだ。なるほど俺達は太陽が実際には止まっていることを知っている。しかしだからどうなのだ? 俺達の生活に直接影響を与えるのは、昇っては沈むという『見かけの動き』の方ではないのか。
「なんだか気が抜けるな。うっかり洗脳されちまいそうだ」
狭い部屋にジュリアンと二人置き去りにされると、ムトーは疲れた顔で言った。
「もう洗脳されてるだろ。俺は自分が“狼”だと思いこまされてるし、あんたはそれは嘘だと思いこまされてる。この、『思いこまされてる』って感じ自体がまた、洗脳かもしれないな」
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