◆パペット◆第22回 by日向 霄 page 3/3
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微笑むジュリアンは、しかしそんなことを大して気にしていないように見える。ひどく揺るぎなく。
「おまえ、変わったな。なんだか――」
なんだか、もう答えを見つけてしまったような。
ムトーは目を閉じ、ゆっくり噛みしめるように言葉を継いだ。自分自身に言い聞かせるように。
「おまえに会えば、それで俺の答えは見つかると思った。でも結果はこの通り、何もわかりゃしない。それどころか、問い自体が無意味だって気がしてきてる。おまえは“狼”じゃないかもしれないし、ジュリアンという名でさえないかもしれない。でもおまえはおまえだ。ちょっとばかり性格が悪くて、女に惚れてて、俺の愚行に付き合って命を張ってる酔狂な奴だ」
それがわかっただけで、よしとするべきだろうか? 目の前の人間にもっと興味を持ちなさいと言ったのは中学の教師だった。だからあなたは友達ができないのよというお説教。
『世界の理なんかより、大事なことがあるでしょ? どんな真実を手にしたところで、独りぼっちじゃしょうがないじゃない』
「それで? もうやめるのか、悪あがきは?」
目を開けると、面白そうに俺を見つめているジュリアン。往生際の悪いところがあんたのあんたたる所以だろ、とでも言いたげな。
まったく、俺も進歩がない。
ため息とともに、ムトーは言葉を吐き出す。軽く肩をすくめて。
「少なくとも、“狼”の捜索を打ち切るようにと圧力をかけた奴がいたはずなんだ。そして俺を邪魔だと思った奴が。公安自体だったのかもしれない。今のところ、一番得をしてるのは公安だ。間もなく公安は自分たちに都合のいい政府を立ててポリスを牛耳るだろう。『女神の天秤』がレベル3の独立を宣言したところで意味はない。レベル3だけではとても国家として機能しない。公安とシンジケートに縦ではさまれてるんだ。同じ土地に上下で別の権力が存在するなんてことは――」
まったく不可能ではない。今でも地下の権力はシンジケートが握っている。ただ地上がそれを許すかどうかの違いだ。あるいは、地下が地上を許すかどうかか?
「シンジケートは」
ジュリアンとムトーは同時にその名を口にした。
「シンジケートは、黙って見ているんだろうか?」
続けたのはジュリアン。
「連中が公安とつるんでるってのは公然の秘密だ。というか、公安が連中とつるんでると言うべきか。チェンバレン達だって、連中とまったくつながりがないとは考えられない」
「それじゃあ結局全部つながってるってことじゃないか」
「まぁな。シンジケートなんてのも、要は呼び名の問題で、今やポリスの正式な機構のようなものだ。ただ、もしあれが、あの場所がシンジケートの管轄だとするなら」
地下にはあるまじき“楽園”。盗聴を怖れてムトーはその名を出さない。だがもちろんジュリアンにはそれとわかる。
「連中は、地上を潰したがってるのかもしれない。政府と公安を戦わせて、どちらも潰してしまうんだ。地上の方が廃墟と化して、地下がポリスの中心になる」
そんなことをして何の得があるのだろう。寄生すべき地上あってこその地下だ。まさかポリス全体を自給自足ののどかな“楽園”に作り替えるわけでもあるまい。
「なぁ、ムトー。一番得をする奴が黒幕だっていう論法でいくなら、俺達が最後に一番得をすればいいんだ」
ジュリアンが言った。その唇に浮かぶのは皮肉な笑み。黒い瞳に躍る、いたずらっぽい光。
「そうすれば俺達はもう誰かの手駒じゃない。すべては、俺とあんたが仕組んだんだ。幸せになるために」
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