◆パペット◆第22回 by日向 霄 page 1/3
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クーデターだった。公安の力を削ごうとした政府は、逆に公安の力を見せつけられる結果になったのだ。政府直属の部隊がないわけではない。しかしポリスの軍事を握っているのは公安だ。政府に勝ち目はない。
テレビは大統領の死を報じた。国務長官であるチェンバレンが大統領代理を務め、公安と対峙していると。してみると、チェンバレンはまだ生きているらしい。だが大統領代理などという役職に何の意味があるのかはわからない。現在ポリスを動かしているのは公安であり、公安警察長官ヒューイットの名で戒厳令が敷かれているのだ。有事の際、政府がその機能を公安に委ねるという戒厳令を、公安自身が発布する。なんという本末転倒。
善良な市民達はおとなしく家でニュースを見ながら嵐の通り過ぎるのを待っている。どちらの味方をするでもない。今まで通りの日常が保証されるのなら、ポリスの実権が誰の手にあろうとかまうものか。
しかしここに第三の勢力がある。反政府主義者だ。
「政府も公安も同じ穴のムジナだ。奴らは自分たちのことしか考えていない。レベル1の人間のことだけしか。今こそポリスを我々の手に取り戻す時が来た。立ち上がれ、諸君! 誰もが等しく権利を有する真の社会を築き上げるのだ!」
ニュースの合間に、こんなアジテーションが割り込んでくる。どこからか流される、非合法な妨害電波。
レベル1のエリート達は舌打ちをし、レベル2の市民達は眉をひそめる。そんな扇動に乗る者は皆無と言ってもいい。レベル3の人間だけが、ほんの少し感心を持つ。市民権を持ちながら地上を追われた者達。ポリスの実質的労働力でありながら市民権を持てぬ流民達。今まではあきらめていた。レベル分けのない社会など、想像もできない。贅沢を望みさえしなければ、レベル3の人生はそれほど悪いものでもない。ポリスの外に広がるもっと貧しい世界に比べれば、天国と言ってもいいくらいだ。
「地上は混乱しています。こんなチャンスはめったにないことです。公安が政府の動きに気を取られている隙に、我々はレベル3の独立を宣言することだってできるんです」
ムトーはうんざりした。ついてくるのではなかったと後悔した。公安に捕まるよりもたちが悪い気がする。
ムトーとジュリアンは反政府主義者のアジトに匿われていた。公安のヘリを奪い、しばし空中戦を演じる羽目になった二人はポリスの南西、総合運動公園のグラウンドに墜落するように不時着した。ヘリは炎上、派手に芝を焼いてグラウンドを使用不能にしたが、戒厳令下にスポーツに興じる馬鹿もいないだろう。
「助けに来ました」
とその男は言った。秘密結社『女神の天秤』はあなた方を歓迎すると。
『女神の天秤』はいくつかある反政府主義グループの中でも最大で最古のものだ。大昔の神話で正義と公正の女神が掲げていた天秤をそのシンボルにしている。
ムトーはもともとこの手の連中が得意ではない。公安の一員としてその取り締まりに一役買っていたせいばかりではなく、どこか狂信的で極端な思想に違和感を覚えるからだ。ムトーとて現在のポリスのあり方が多くの問題を抱えていることは承知しているが、だからと言って正義だの公正だの平等だのという手あかのついたお題目に飛びつく気にはなれない。
だがあの場は従うより他に仕方がなかった。味方を選べる立場にはないのだ。公安からも政府からも追われ、おまけに二人とも全市民がその顔と名前を知っている有名人なのである。援軍なしに逃げおおせることは不可能だ。
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