◆パペット◆第17回 by日向 霄 page 2/3
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かろうじて拳をひっこめ、唸るように言葉を吐き出すと、ムトーは歩き出した。ジュリアンの態度に腹を立てても仕方がない。ジュリアンにはムトーに付き合う義理はないのだ。
ジュリアンはおとなしくついてきた。
途中でムトーはジュリアンを前に出した。ジュリアンが自分を殺して逃げ出すと本気で考えたわけではないが、しかし全面的に信用するにはあまりにも材料が不足している。ジュリアンがマリエラを愛し、自分を犠牲にしても彼女を救いたいと思っていることに疑いはないが、だからと言って奴が本当に記憶を喪った善良な子羊かどうかは別問題だ。何もかも承知のうえで、謎の周りで右往左往しているムトーを嘲笑っているのかもしれない。さっきのあの、皮肉な微笑を例にするまでもなく。
軌道をたどってほどなく、プラットホームが見えた。客の姿はまばらだ。二人が軌道上からホームによじ登るのを見ても、声を上げる者はいない。その程度のことはありうるのがレベル3だ。ホームに住み着いている乞食などざらにいる。ただ、乞食にしては二人の格好はこざっぱりしすぎていたし、特にジュリアンは美しすぎた。痩せぎすの女が一人、階段を上っていくジュリアンを穴の開くほど見つめていたが、それは以前に見た顔かどうか思い出そうとする目つきではなく、純粋に物欲しげなものだった。
改札は自動だったが、無人ではなかった。監視員が一人だけ、隅のブースで不正乗車を見張っている。ムトーが公安警察の身分証を見せると、監視員はあっさり二人を通した。
「大した威力だな」
ジュリアンの揶揄には応じず、ムトーは屑かごから顔を出していた新聞を引っぱり出した。腕時計の表示が狂っていなければ、今日の新聞だ。新政権の発表した経済政策がトップ記事を飾っている。ムトーが部長に啖呵を切って特捜部を飛び出した時はまだ旧政権がかろうじて立っていた。たった1ヶ月の間にイデオポリスの情勢はずいぶん様変わりしたようだ。もっとも一般市民にとってはたいした変化ではないのかもしれないが。
自分やジュリアンをめぐる状況にも何か変化があったろうか? 公安の状況は?
そんな情報を大衆紙に期待する方が間違っている。
屑かごの隣には落書きだらけの公衆電話があった。レベル2以上ではもはやお目にかからなくなった代物だ。市民は――市民権を持つ者は誰でも自分専用の電話を持ち歩いている。腕時計一体型のものだとか、クレジットカード一体型のものだとか、持っていることを忘れそうな小型のものを。ムトーのカード型電話はレベル5のどこかの通路に落ちているはずだ。まだ誰にも拾われていなければ。
公安に出向く前に、誰かに連絡をとってみるべきだろうか? 1ヶ月前の情報をもとに行動するのは危険すぎないか?
ムトーはなけなしのコインを入れ、特捜部のナンバーを叩いた。唯一そらで言えるナンバーだ。
「賞金首を一人捕まえたんだ。どうすればいい?」
応対に出た若い女性――おそらくキャロルだろう――にいきなりそう告げる。向こうはムトーの声には気づいていないようだ。
「手配ナンバーか容疑者の氏名をお願いします」
「ジュリアン。ジュリアン=バレルだ」
しばしの沈黙。
コンピューターに照合するまでもない大物の名前に息を飲んでいるのだろうというムトーの期待はあっさり裏切られた。うんざりしたようなキャロルの声。
「いたずら電話ならどこかよそでしてちょうだい」
「いたずらじゃない」
「ならもう少しばれにくい嘘をつくのね。いくらジュリアン=バレルが有名だからって。いいこと、坊や。一人の人間がそうそう何度も捕まることなんてできないのよ。わかった?」
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