◆パペット◆第17回 by日向 霄 page 3/3
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それだけ言うと、キャロルは一方的に電話を切った。
何だって? キャロルは何を言ったんだ?
「信用してもらえなかったのか?」
相変わらず他人事のようなのんきな口調で、ジュリアンが言う。
「おまえはもう、捕まっているみたいだ」
ムトーの言葉に、ジュリアンは首を傾げる。
「おまえは捕まったことになってるんだ、地上じゃもう、既に!」
自然に声が荒くなった。状況が変わっているかもとは思ったが、まさかそんなことになっているとは!
ムトーの言葉の意味を理解すると、ジュリアンは笑い出した。
「こりゃいいや。俺はもうジュリアン=バレルじゃなくていいってことか? わざわざマリエラを置いてくる必要もなかったって? せっかく自分で道を選んだと思ったら、やっぱりただの道化じゃないか」
追われているものとばかり思いこんで、マリエラと別れたのに。自由を手にしても、彼女がいなければ何の意味もない。
「ただの公安のでっちあげなのか、それともおまえみたいな記憶喪失が他に何人もいたのか―――」
本物がいる必要はない。そうとも、殺される人間も殺す人間も実在している必要はない、それが俺の疑念の出発点だったんだ。実在しない人間を捕まえることほど簡単なことがあるか? 『捕まえた』と一言、それですむ。
「じゃあおまえは一体何なんだ? 俺をバカにするためだけに、おまえは手配書そっくりの顔をして、レベル6を逃げ回ってたっていうのか? 命がけで?」
「別にあんたをバカにしようと思ってのことじゃないさ。ただ俺は逃げなくちゃならなくて、逃げる役を与えられて―――」
『そんなに逃げ出したいのならおまえには逃げる役をやろう。どこまでも逃げ続けるしかない役目を―――』
頭の中で声が響く。きりきりと脳を締め付けるように。
痛みに顔をしかめたジュリアンを、ムトーは不審げに見つめる。
「おまえ、本当は何か思い出してるのか? 思い出してるんだろう?」
ムトーはジュリアンの肩を掴み、彼の体を乱暴に揺すった。
「やめろよ、ホントにバカになっちまう」
身をよじって、ジュリアンはムトーの手を振りほどいた。
「思い出すも何もない、ただ頭の中で『逃げろ』って声が聞こえるだけだ。『どこまでも逃げろ』って。あんたの言う黒幕とやらの声かもしれないし、俺自身の心の声かもしれない。わかりゃしないんだ」
「―――すまん」
ため息をついて、ムトーは壁にもたれかかった。力が萎える。そのまま床にくずおれてしまいそうだ。
「おまえはもう、自由の身だ。俺にはおまえを拘束する権利はない。そんなもの最初からなかったんだが―――。彼女のもとに戻るか? おまえにとっちゃそれが一番の幸せだろ」
ジュリアンを公安に連れていったところで、『そっくりさん』ですまされるだけだ。もしジュリアンが本物の”狼”で、何者かに操られているとしたって、その何者かはジュリアンを始末する必要すらない。ジュリアンが真相をすべて知っていて俺に話したとしても連中には痛くもかゆくもない。俺以外にそんな話を信じる奴はいないし、とにかく『動かないこと』が一番の手なんだ、向こうにとっては。
「ずいぶん弱気になるじゃないか」
ジュリアンが言った。口元に、例の皮肉っぽい微笑を浮かべて。
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