アマ小説家の作品

◆パペット◆第16回 by日向 霄 page 2/3
「でも……!」
 ジュリアン。私のために、私を守るために生きると言ったジュリアン。私がいなければ、壊れてしまうのに。私だって、ジュリアンがいなかったら。
「一人でどうしろって言うの。私、確かに憧れたわ、平和で安全な暮らしに。ここはまるで理想郷だし、もし追っ手やあの男さえいなければどんなにか――。でも一人じゃ」
 私だって壊れてしまう。もう、ジュリアンと一緒にいることだけが、ジュリアンの生きがいになることだけが、私の生きがいにもなっていたのに。
「我々がいる。もちろん、彼の代わりは務まらんだろうが。それに、考えてごらん、彼は出ていったが、また帰ってくるかもしれんじゃないか」
「気休めはよして」
「なぜかね。彼は君がここにいることを知っている。外での用を済ませたら、彼は真っ先に君に会いにくるだろう。違うかね?」
「生きていればね。でもきっと……」
 マリエラは唇を噛んだ。きっとジュリアンは殺されてしまう。
 知らず涙がこみ上げてきた。もう二度とあの美しくも残酷な笑顔を見ることはできない。やわらかい髪に触れることも、声を聞くこともない。小鳥のように震える体を抱きしめ、慰めることも。
「どうしても彼を追っていきたいと言うのなら、わしに止める権利はない。しかし彼らがどこへ行ったのかわしは知らんし、ここの出口から君がどこへ飛ばされるか、保証することはできん。もちろん、それでも君たちは出逢う運命かもしれんが」
「運命……?」
 出逢ってしまった。それこそが運命だった。ならば今ここで別れることも運命なのだろうか。私の役目は終わり、あの男が今度はジュリアンを引き受ける。まるで何もかも、仕組まれていたかのように。
 ああ、ジュリアン。あなたが死ぬところを見なくてすむことが、私に与えられた唯一の慰めだというの?
「もし、あの人が生きて戻ってくることがあったら」
 そんなことがあるだろうか?
「悲しむかしら。私がいなくて」
 もしも私がここから出ていったら。もしも私が今この場で命を絶ったら。
「そりゃあそうさ。彼は君に会いに戻ってくるんだ。彼の剣幕を考えただけで怖ろしいよ。きっとわしは半殺しの目に会う」
 老人はおどけた調子で言い、おおげさに身をすくめてみせた。自分の気を少しでも引き立てようとしてくれているのがわかるから、マリエラは弱々しい微笑でその心遣いに応えた。
「あの人、本当に戻ってくるかしら」
 独り言のように呟いて、マリエラは背後を振り返った。はるかにひろがる空と大地。その向こうの地平―――。
 また、待ちぼうけの日々が始まる。待って待って、もはや自分が何を待っていたのかすら忘れるほど長い時間待って。そうして、私はおばあちゃんになって、でもあなたはずっと若いままで、幻のように美しいままで、戻ってくるのでしょう。私の夢の中へ。
 今でさえ、既に幻のようだった。せめて置き手紙の一つでも残してくれていれば、確かにジュリアンは存在したといえるのに。その手紙を支えに、長い時をやり過ごすこともできるのに。
 もしかすると、次の朝にはあのレベル6の狭い隠れ家で目を醒ますのかもしれない。そして何もかも夢だったと気づくのだ。ジュリアンも、あのムトーという男も、この美しい景色も。


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