◆パペット◆第16回 by日向 霄 page 1/3
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「ジュリアンが、私を置いていくなんて……」
マリエラが目を覚ました時、既に夜は明けていた。そしてベッドにジュリアンの姿はなかった。
寝過ごしてしまった。夕べあの男と言い争って気が高ぶったのか、なかなか寝つけなかったせいだ。
ジュリアンはもうすっかり良くなったのだろうか。先に起き出しているなんて。あの男がまたジュリアンに妙なことを吹き込んでいなければいいけど。
食堂では老人と子どもたちが朝食の席に着いていた。ジュリアンの姿は見あたらない。あの男の姿も。
「おはよう、お嬢さん」
振り返って自分を見た老人の目が不可思議な哀しみをたたえていることに、マリエラは気づかない。
「おはようございます。あの、ジュリアンは、彼はもう食事を終えたのかしら」
「出ていったわ」
答えたのはユウリだった。ひどくぶっきらぼうな口調だ。食卓に着いてはいるが、彼女は目の前の食事にまったく手をつけていない。
「え?」
マリエラは耳を疑った。この子は何をつまらない冗談を言っているのだろう。
睨みつけるように、ユウリはマリエラを見た。
「じゃああなたも置いてきぼりをくったくちなのね。ほんとにひどいったらないわよね。あたしにさよならも言わないで出ていっちゃうなんて。怪我の手当をしてあげたのは誰だと思ってるのよ。礼儀知らずもいいところだわ。せめて一言あいさつがあってもいいじゃない、大体―――」
「あの、あなた一体……?」
何を言っているの? 置いてきぼり? さよなら?
「この子はムトーがいなくなってしまったことが寂しくて仕方ないんじゃよ」
老人が口をはさむと、ユウリはきっと眉をつり上げた。
「違うわよ! あたしは怒ってるの。ムトーはきっとあたしが子どもだから」
「いなくなったって」
マリエラはユウリの言葉を聞いていなかった。
「いなくなったって、まさかあの男とジュリアンが……?」
老人の目がいっそう哀しげに細められる。
「出ていったよ。今朝方、夜が明ける前に」
「どこへ?」
老人は首を振った。
「さあてな。ここではないどこか。苦難と悲嘆に満ちた下界―――」
「どうして?」
マリエラもまた首を振った。
「信じられない、ジュリアンが私を置いていくなんて……」
何の相談もなく。ただの一言もなく。
「あの男。あの男がジュリアンをそそのかしたのね! あの男が!」
発作的に、マリエラは外へ走り出た。二人を追いかけようと。
「待ちなさい!」
光のまぶしさにたじろいだマリエラの腕を老人が捕らえる。
「離して! このままじゃジュリアンはあの男に! あの男はジュリアンを利用しようとしてるのよ!」
「もう間に合わん。それにこれは彼の希望でもある。彼は君が、ここで平穏に暮らすことを望んでいるんだ。私は彼に、君のことをよろしくと頼まれたんじゃよ」
続き
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