◆パペット◆第15回 by日向 霄 page 2/3
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「俺と一緒にいる限り、マリエラも無事ではすまない。ここは、マリエラの帰りたがっていた地上に似ている。あのじいさんはどこかしら油断のならないとこがあるが、子どもたちを見る限り、ここは安全で、居心地の良さそうな所に思える」
「彼女を置いて、どこかへ行くつもりか?」
ムトーの問いに、ジュリアンは小さくうなずく。
「どこへ?」
「わからない。それをあんたに訊きに来た。ここを出て行くにはどうしたらいいか、あんたなら知っているんじゃないかと思った。それに」
ジュリアンはまた口元をゆがめた。微笑というにはどこか、人をゾッとさせるものがある。
「あんたもここから出て行かなきゃならない。あんたがいると、危険な気がする」
ムトーは苦笑いを返した。
「おまえに出逢った以上、俺だってここに長居する必要はない。むしろ一刻も早くおまえを地上に出して、どんな反応が起きるか見てみたい。もし誰かおまえを操っている奴がいるとしたら、おまえを放ってはおかないはずだ。おまえにとっちゃ地下にいるより危険だろうが、俺の命がある限りは―――」
「あんたは人の話を聞いてないな。俺は自分の生死にはこだわらない。何ならここを出てすぐ殺してもらったってかまわないんだ。そうすりゃあんたの懐には大金が転がり込む。そうして2度とここに、マリエラに近づかないでいてくれれば、俺としては文句はないんだ」
「自分が何者か知らずに死んでいくというのか? 人形のように操られて、操っている奴の顔も知らずに、それで満足なのか?」
ムトーには、ジュリアンがやけになっているとしか思えなかった。ジュリアンがマリエラを想う気持ちはわからなくもない。自分の命に代えても愛しい者を守りたいと思うのは、おそらく自然な感情だろう。彼女を大事に思うからこそ彼女のそばを離れる、それはいい。しかし何も死ぬ必要はない。
ジュリアンはただ、決着をつけてしまいたがっているだけだ。誰かに操られていようと、あるいは心に深い傷を負ったがゆえであろうと、封印された過去になど手を出さずに、さっさとピリオドを打ってしまいたがっている。
逃げているのだ。
ジュリアンは笑った。かすかに、声を立てて。
「自分が何者か、本当に知っている奴なんているのか? 絶対誰にも操られていないと、どうしてわかる? 俺はジュリアン=バレルでいい。マリエラに助けられて、マリエラを助けたいと思うジュリアンでいいんだ。それは俺が選んだことだ。それだけは俺が選んだことなんだ」
ムトーの耳に、昨夜のマリエラの勝ち誇ったような声が響いた。
それすらも、誰かの思うつぼなのかもしれない。
頭がくらくらした。
一体この世に自分の意志で選べることはどれほどあるのだ? もしも、もしも……。
「そうだな。どのみち、俺におまえの人生を操る資格はない。俺はただ、おまえに協力してほしいと願うだけだ」
言いながらムトーは立ち上がり、上着を身に着けた。
「じいさんの所に行こう。ここから出る方法を知ってるのは、たぶんあのじいさんだけだ」
老人の部屋をノックすると、意外にも返事があった。年寄りが早起きだというのは地上も地下も変わらないらしい。
二人の訪問を予期してでもいたかのように、老人は落ち着いた様子で二人を迎え入れた。
「すいません、こんな時間に。一刻も早くうかがいたいことがあって」
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