◆パペット◆第15回 by日向 霄 page 3/3
-
「ここを出る道を教えろと言うんじゃろう?」
老人に言い当てられて、ムトーは当惑する。
「そんな顔をすることはあるまい。おまえさんは落ちてきた日からずっと、ここを出ていくことばかり考えていたじゃないか。待ち人が来た以上、なおさら落ち着いてはいられまい。もっとも、わしとしてはおまえさん方3人にここで暮らすことをすすめるがね」
「マリエラは置いていく」
ジュリアンが口を開いた。
「勝手な頼みなのはわかってる。俺には何の礼もできない。でも、どうか彼女の面倒を見てやってほしい。彼女はきっと、子どもたちともうまくやっていけると思う」
老人はじっとジュリアンを見つめ、うなずいた。
「歓迎するよ。彼女がそう望むならな」
「ダメだ。絶対に俺を追わせないでくれ」
「絶対なんて約束はできん。彼女が決めることだ」
「あんたが教えなければ、出ていけないだろう」
「わし以外にも力を貸すものはあるさ。たとえば、運命とかな」
ジュリアンがムッとするのがわかる。いつもこの手でやりこめられているムトーは苦笑を抑えきれなかった。
「それで、俺達は出していただけるんですか?」
「仕方あるまいな」
立ち上がる老人の様子は、まさに『重い腰を上げる』といった風情だ。
「急いで下さい。マリエラが目を覚ますと困る」
「わかっておる。わしとしても、あまり子どもたちに気づかれたくはない」
一同は外に出た。
月もなく星もない空は、ようやく色を取り戻しつつある。深い、深い青。黄昏の美しさと同様、これから夜が明けていくまでの空の様子は、人工のものとは思えぬほど崇高で美しい。こんな夜明けを、二度と見ることはあるまい。
ランプを手に先頭を歩く老人の背中を見ながら、ムトーは不思議に思った。一体老人の行動原理は何なのだろう? 今までムトーが何度頼んでも、道案内を承知してはくれなかった。それが今回はこうもあっさりと……。
老人はやはりジュリアンが落ちてくることを知っていたのだろうか。ジュリアンと二人でなければここを出してはいけないと、誰かに命令されてでもいたのか。もしそうなら、結局俺達の意志など何の意味もない。
老人は二人を一本の木が大きな影を落とす丘へ導いた。その大木のおかげで、老人の家からでも見つけることのできる丘だ。
「決心は変わらないかね?」
老人の言葉に、ジュリアンがうなずく。
うなずく代わりにムトーは言った。
「最後にもう一度、訊かせて下さい。あなたは一体何者なんです? ここは、この場所は何だったんですか?」
老人は微笑んだ。
「わしにもわからんよ。本当に、わからん」
「そんな―――!」
「この世が何なのか、この世に生まれ、死んでいく自分とは何なのか、誰も知りはしない。同じことさ」
言いながら、老人は木のうろに手を入れ、何やら操作した。
「幹に手を触れるんだ。さあ、早く」
老人自身は後ずさり、幹から離れていく。
風もないのに、木の葉がざわめき始めた。触れている幹を通じて、振動が伝わってくる。ふっと体が軽くなる。視界がぼける。
ランプを手にたたずむ老人の姿が魔法使いのように見え、そうして、幻のように、消えた。
戻る
トップページに戻る