アマ小説家の作品

◆パペット◆第1回 by日向 霄 page 3/3
「当局があっさり手を引いてしまったことですか? でももし上がシンジケートとつるんでるんなら――あんまり認めたくはないですけど――、シンジケートに始末を頼んだか、シンジケートがレベル6の捜査を拒んだか、どちらにしても有り得ない話じゃないでしょう?」
 ムトーはまだまだ青いと言わんばかりに手をひらひらと振ってみせた。
「そんなことじゃない。俺が引っかかってるのは奴自身のことなんだ」
「どういうことですか?」
「おまえ、妙に思わなかったか? 化学捜査部が”狼”の正体が割れたと言ってきた時―――。それまで”狼”の仕事は完璧だった。あらゆる警備網をかいくぐり標的を仕留めるその腕も鮮やかなら、全く証拠を残さずわずかな手がかりも与えないその暗殺者ぶりも背筋が寒くなるほどだ。レーザー銃のこの時代に延髄を長い針状のもので一突き。凶器からは割り出しようがない。返り血を浴びないから血液反応も出ない、熱源反応も。一体どうやってジュリアン=バレルを割り出したんだ?」
「それは、今回に限って”狼”が証拠を残したから。殺されたガラバーニ会頭の爪の間に奴の皮膚細胞が残ってて、それで―――。大尉だって報告書読んだじゃありませんか。だからこそあそこまで奴を追いつめたんだし……」
 マクレガーは少し不満げに反論した。ムトーが一体何に引っかかっているのか理解できない。もっともこの人の考えることはいつもよくわからないけど。
「追ってる間にますます妙に思えてきたのさ。あの男は”狼”の器じゃない」
「何言ってんです。あいつは我々の追跡をことごとく振り切ってレベル6にまで逃げ込んだんですよ。こっちの被害だって相当なもんだ、あんな若造一人に」
「窮鼠猫を噛む、って言うだろ。”狼”にしては、奴の逃げ方には余裕がない。死にもの狂いで逃げ回ってるって感じで……」
「そりゃあそうでしょう、特捜に追われてるんだから。やめて下さいよね、全く」
 マクレガーの言葉に気を留めるふうもなく、ムトーはそのまま自分の思いに沈み込むように宙を睨んでいる。それきり口もきかない。コーヒーもほったらかしだ。
 耐えられなくなって、マクレガーはしぶしぶ口を開いた。
「どっちかって言うとぼくは、ガラバーニ会頭一人が死んだくらいでこの世の終わりが来たみたいな顔してる連中の方が怪しいと思いますけどね」
 ムトーの視線が動いた。調子に乗ってマクレガーは言葉を継ぐ。
「政財界の黒幕か何か知らないけど、一党独裁の元首が死んだわけでもあるまいし、経済恐慌が起こるのなんていい迷惑ですよね。この機に乗じて秘密結社の動きも活発になりそうだし……」
「殺(や)る方も殺(や)られる方も、どうにも胡散臭い事件(やま)だぜ」
 ムトーはついと立ち上がった。
「大尉、どこへ行くんですか、大尉。ちょっと待って下さいよ、大尉!」
 慌ててホットケーキを平らげにかかるマクレガーを放って、ムトーは背中ごしにひらひらと手を振り、カフェから姿を消した。
 まずは地上の捜索だ。
 ジュリアン=バレルは本当に”狼”なのか―――?


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